僕のコロナ戦記4月分

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4/30(木)動きのない日

最近、本当に身の回りで動きがなくなってきた。3月のバタバタぶりに比べれば、まあ良い意味で動きがないのはそれはそれで慶賀すべきことであろう。世界中ほとんどの国がStay home期間となり、皆それぞれの不安を抱えながら毎日をとにかくやり過ごしている。そして今日で4月も終わりである。なんというか、始まりがあれば終わりもあるというか、よくこの1ヶ月僕の精神が保ったものだと思う。自分的に少し褒めてやりたい。よくやった。

朝は茹で卵のみ、昼はGrabでダックライスを注文。今日は追加でカンコンがついてくる14$のセットに、いつものブラウンライスのものを付けてもらった。きゅうりの味がする、不思議なレモネードもついてきた。それを食べて、色々動画ソフトをいじって夕方に。夕方は南瓜の炊き込みご飯。特に他のおかずはないが、僕は個人的に炊き込みご飯が大好きなので、これ一品でも全く問題なく食べられる。非常に美味しかった。義母に感謝感激である。

夜はケンミンショー(相変わらず総集編)と、以前のアド街ック天国をまた見直し。松本と秩父温泉郷。2019年は本当に色々なところに行っておいてよかった。ほんの数ヶ月前だというのに、まるで何年も行ってないかのような錯覚を覚えるけれど、実際は僕らはたくさん日本国内を回ったのだ。今、少しぐらい我慢できないことはない。しかしどこの食べ物も実に美味しそうだ。しばらくこういうものはお預けである。

4/29(水)昭和の日

今日は日本カレンダーではGWの始まり、昭和の日である。僕らは相方のスケジュールを中心に生活しているので、実際は仕事なので特に休みっぽいことはしなかった。GWの入り口である4/29は昔からいつもワクワク感というか、今年のGWをどう過ごしてやろうかな的な楽しみがあって楽しい記憶しかない。しかし今年はご承知の通り100年に一度の伝染病が流行っている。CB中でもあり、つまり何も変わらない。本当にどうしようもない。文字通り。いと悲し。

朝は茹で卵、途中で義母がピーナツパンケーキ(最近好きになった)とイモケーキを持ってきてくれた。美味しい。朝は茹で卵でも十分かもしれないけど、炭水化物が加わるとそれはそれで力が出る。お昼はFun Toastのデリバリー(チキンカレーは普通にうまかった)とYY、晩飯は三菜ご飯。食べて早々に退散し、部屋で相方とアド街ック天国の昔の回(長野松本)とか帰れマンデー秋保温泉の回を見た。僕らは日本を旅するのが本当に大好きだ。松本、また行きたいなぁ。美味しい蕎麦と水と山賊焼。喫茶店も素晴らしいですね。
音楽でもテレビでもいいけど、文化は本当に大切だ。辻仁成はコロナを「人と人の関係を引き裂き孤立させる悪魔のウィルス」的な表現をしたけど、文化は僕らの心を守ってくれる。以前だったら気にも留めなかったちょっとした音楽や茶の間の憩いが、ロックダウン下でもどれだけ僕らの心を癒してくれることか。僕はアフターコロナの世界ではもっと文化的なものに触れたいと思う。そうだな、歌舞伎でも宝塚でも演劇でもなんでもいいよ。今の耐久生活で本当にお世話になっている人類の文化。決して侮れないのだ。

最近、妙にCB生活に慣れてきてしまって、以前なら心的ストレスを起こしがちだったFacebook等でのニュース閲覧もそれほど苦にならなくなってきた。今日見た中では、過体重の男性に重症化の傾向があるということ、そして中年の患者に血栓が出来やすいという話があった。数ヶ月前から、ニュースの映像を見たりしてなんとなくそんな気がしていたのだ。イタリアなんて過体重の人は多いから、あの数字も納得できるものがあった。少し怖くなった僕は、今日はいつものようにオヤツを食べることはせず、少し多めにヨガとストレッチと運動をすることになった。まるで子どもみたいに、ちょっとしたことで影響を受けて行動が変わる。まあこれも今更直せるものでもないし、悪い面ばかりじゃないし。多分。

今日は翻訳ものが2件舞い込んだ。どちらも特急で仕上げてやった。やっぱり翻訳は楽しいなあ。仕事はこうでないといけない。今はこんな状況だけど、いつか必ず事態は好転するのだから、焦らずできることを積み上げていかないと。と、少し前向きに考えることが出来始めている今日この頃。僕も日々成長している。

4/28(火)

今日も日本はほとんど動きがないが、その分アップワーク界隈は少し動きが出てきた。残念ながら今できないことは色々あるけれど、でも見方を変えれば今だからこそできることも色々ある。そこを狙って動いていくしかない。例えその額が大したことないものであるとしても。

朝茹で卵、お昼は義母が作ってくれた素麺(椎茸と肉がたっぷりで美味しい)、夜はいつも通り義母飯。卵豆腐とひき肉の炒め物が実に美味しい。いつも6時前後に晩飯を食べるので、遅い時間帯になると小腹が減ってしまう。今日はブドウを食べた後に、さらに空腹になりバナナとビタジャン、豆とマンゴスチンを食べてしまった。てかマンゴスチンうまい。シンガにいるとこういうものが日常的に食べられるのがやっぱりいいですね。

今日は自分のタスクを管理することについて少し考えさせられた。KPIやKGI、KSFといった要素をどう組み上げて自分のタスクを管理するのか?夜に相方と議論したけど、僕はどうも最初から完璧を求めてしまうというか、順を追ってレベルを上げていくことが出来ない体になってしまっている。子どもの頃から、少しずつ積み重ねて成長していくことがとても嫌いだった。というのは、普通の人が出来ないスパートで短距離をガツっと走ってしまえるから。あと、コツコツ積み重ねるようなスポーツ体験を一切しなかったのも大きいし、なまじ頭の回転が悪くなかったものだから、変な形で短距離走のクセがついてしまったのもある。そして、リアルなことかどうかわからないけど人格が入れ替わりスイッチするというのも難点で、同じ気分と考えを何日にも渡って継続して保持することが出来ない。少しでも気に入らないことがあるとすぐ投げ捨てて、少しもそれに触れたくなくなる。どうしてそういう考え方になったか、プロトタイプは少しわかってきた。子どもの頃の電球やらサッカーボールやら、大好きだったものが突然出来なくなる辛さを、投げ捨てることによって自分を守ってきたのだ。ビックリマンもそうだ。そこに一切フォローアップはなかった。まあ、今は有り難くも相方がフォローしてくれているから、必ずしも投げ捨てる必要がないということは身に染みてわかってきた。これも成長ということだ。

そう、実に迷惑かつ困ったCovid危機ではあるが、少なくとも僕の考え方や生き方に大幅な変革が求められていることーそして変わらざるを得ないことーは如実に明らかになってきている。僕は自分のジンクス、思い込みによって自分の生命がずっと守られるものと思い込もうとしていたが、どうやらそうではない。世界は僕中心に回っているわけではない。僕という実存が僕の存在を中心に回っていることとはまた別の話で、自然界はあくまで自然界の法則に従って動いている。なので、僕もいずれ老いて病み死ぬ。僕はそうならないように思い込みジンクスに多大なエネルギーを投下してきたわけだが、でもそのエネルギーは自分の内面のもので、外部世界とは全く関係がない。力を及ぼせるものでもない。

そう考えると、以前とは全く異なる景色が僕の前に浮かんでくる。この生命は仮のものであって、いつか僕らは元いたところへ戻らないといけない。しかしそれまでの時間を、限られた時間を有意義に燃焼するためには、やはりきちんとしたテーマ設定がされないといけない。つまり、生きることは信じること。僕が信じてきたいくつかのテーマは無事実現された。これからも、新しい課題を設定して信じよう。信じてその実現を図ること。仕事をすること。これがない人生は、やはり死んだも同然なのだ。それは、自分個人の経験から痛いほど分かる。人はやはり何かを信じてその実現に向けて歩いていかなければいけないのだ。ダンマパダにも似たようなことが書いてある。

夜、テレビがいつもより楽しくなかったけど少しリラックスしながら見た。そして、WWIやWWIIのことを考えて見た。会長は1923年生まれだからWWIIが始まった1939年は16歳、うちの爺さんは1915年生まれだから24歳。今回のPandemic Iと、WWIIのどちらがよりlarge scaleだろうと考えたけど、Pandemicは結局、ウィルス対人類という構図になって人類の叡智を結集したワクチンによっていずれ駆除可能な問題ではあるのだ。色々紆余曲折はあるにせよ、何らかの形で終息することに僕は何ら疑いを抱いていない。月に人を送り、ネットで繋がることができる人類が勝てない敵だとは到底思えないのだ。
しかしWWIIはどうだったろう。先の見えない不安と5年も6年も戦った人々、多くの犠牲を出しながら生き残った人々に根本的な考え方の変革があっただろうことは想像に難くない。犠牲者の数だって、多分今回のCovidの比ではない。僕らが当たり前のように享受してきた平和は、しかし再びウィルスによって違う形で破られ、一時的ではあるにせよ僕らは戦争状態に置かれることになったのだ。このmagnituteは決して小さくない。もちろん、WWIIの時だって常に世界中の人々が極限状態に置かれていたわけではない。日本だと空襲被害が大きくクローズアップされるが、あれだって正味4年弱の太平洋戦争の期間中、最後の9ヶ月間で集中的に被害を喰らっただけのことで、それ(1944年11月)以前は、生活が苦しいなりにも銃後の社会はそれなりに平和ではあったのだ。

何が言いたいかというと、今は準戦争状態ではあるけどWWIIに比べればまだマシなのかな、とふと思ったというだけのことですけどね。特段のオチはないです。そして、それを生き抜いた会長とか、あの辺の人々はやっぱり何か経験から来る強さのようなものがあって、だからお金がいくらあっても自由があっても仕事は続けるのだというか、そこにむしろ生きる力があるのではないかという、仮説のようなものを考えていたわけで。

Vishtakさんがくれた謎解きのようなものが、最近少し分かってきたよね、という今日この頃です。

4/27(月)

今日は朝の茹で卵のあと、Mr Beanから買ってきてくれた小豆の大判焼きを義母からもらった。地味に美味しい。仕事にはほとんど動きがない。日本がゴールデンstayhomeウィークに入ったからなのか。CB生活も3週間が経ち、世界の動きもなんとなく緩慢になってきたように思える。主だった国はほとんどロックダウンかそれに近い水準の自粛(この単語が嫌い)生活を余儀なくされている。特に目立つニュースもなく、本当にエアポケットのような毎日。まあ、平和である分には全く問題も支障もないのだけれど。

お昼はBBPのマレーストールを初めてGrabしてみた。以前から、Ipoh料理の店ということでそれなりに気になっていたのだけど、少し強気の値段設定なのでちょっと気が引けていたのだ。ホーファンの板面バージョンと、台湾の肉メシみたいなものを注文した。それなりに量もあり、それなりに味も悪くなくて良かった。特にチリソースが良い。もう一回注文しても良いかもしれない。

午後はこんなことを思った。僕はヘビがまあまあ嫌いだけど、触ったり持ったりしろと言われれば、よほど毒性の高いヘビでない限りは問題なく触れる。しかし、世の中には本当にヘビがダメで、触るどころか安全に調理されたヘビ料理ですら一切受け付けないような人もある程度いる(イモトなんか代表的)。で、僕のコロナや伝染病一般に対する怯え方というのは、そういうちょっとExtremeな次元に達しているので、多分その辺が他の人と違ってくる点なのかな、ということだ。これは、小さい頃からまあまあ頻繁に風邪を引いたり病気に邪魔されてきた経験から来るのかもしれない。まあ、それが分かったからってどうにも仕様が無いのだけど。

そして久しぶりにWindowsを起動して、HDD2TBに入っている動画を少し整理して見直してみた。僕と相方は、僕らなりに本当に色々な所を回ってきた。日本国内にせよ、海外にせよ。平和な時代の、相方の可愛い動画とか、海外で撮った結構悪くない風景動画なんかを見ていたら、また泣けてきた。どうしてこんな世界になってしまったのだろう。泣いても仕方ないのだけど、泣くと楽になるのでなるべく泣きたくなったら極力泣くようにしている。だって泣けるのって人間らしくっていいじゃない。

僕らは今年から、本当に自由に色々なところに出かけて世界規模で仕事を仕掛けることを夢見ていたのに、こんな形でそれが破られ蟄居を余儀なくされている。起きたことは仕方ない。でもこれからどう何を挽回していけばいいのか、僕にはさっぱり考えが浮かばない。こういう、現実とConflictする考えを持つことが僕のストレス源になることはよく分かっている。とりあえずコロナのことは忘れて、今この状況だからこそ出来ることに注力した方が生産的であることも。

夜は義母の二菜メシ、シャワーを浴びてテレビ番組を観る。しゃべくり007が何だか妙に荒れていた。無観客収録で、出演者の気持ちも色々と荒れていたのだろうか。何だか不思議なテンションの回だった。ゲストの子が少し可哀想になるくらい。

そして夜中、0-1amの間でByron KatieのZoomライブがあったので半分寝ながら聞いた。何だかいつも通りの調子で、別にコロナだからどうということもないというか、全く変わらないトーンでライブしているのが妙に印象に残った。

4/25・26(土日)不思議な日常感

最近僕は、奇妙な感覚に捕われている。現実と空想が交差した独特の感覚。
例えば、目の前の現実として世界中でStayHomeが謳われ、何週間も家から出ていない自分がいる。でも一方で、毎日のようにお買い物に行き、外で運動をし、何事もなく通勤して職場に向かっている義家族がいる。感染防止は大事なことだが、経済活動を止めることは別な形での崩壊につながるので、何とかこれまでの状況を維持しようと社会全体が頑張っている。テレビを見ても、収録時期こそ少し前ではあろうけど、普通に外出して普通にロケした番組がいまだ放送されている。僕はもう日常で知らない人の近くに行くことも話すことすら躊躇われるのに、そうではない人々が現実の上でもバーチャル(つまりテレビ)の上でも存在する。遠くの国ではひどい数字が並び、当地でも毎日1000人近い感染者が報告されている。なのに、僕がいるこの家の中は安全そのもので、朝昼晩のご飯も不自由なく食べられて、僕は普通に毎晩熟睡できている。この週末の生活だって、それ自体をピックアップすれば別にコロナ前のダラダラしていた週末とそんなに変わりはない。
これを「不思議な日常感」と呼ぼう。僕はこの週末、この不思議な日常感に包まれて生活していたので、毎日テレビの旅番組を楽しく見ながら過ごすことが出来た。そして、健康な食欲が戻ってきて、相方のチャーシューライスを分けてもらったり、おやつを食べる余裕まで出てきて少し持ち直してきた。もちろん心の状態には波があるので、時として漠然とした不安感に胸を苛まれることもある。でも大体そういう時は、決まって●まだ動いてもいない将来のことを考えているか、●目の前の現実と矛盾する(conflictする)妄想を始めた時、と相場が決まってきた。そして、目の前の現実に沿って物事を考えるとき、つまり現実を徹底的に受け入れ起きていない可能性や不安ごとをとりあえずpendingにして考えない時、僕の中にほっこりとした光が差し込む暖かな場所が戻ってくる。つまりこれが日常感というか。

で、その日常感は当たり前だがノンコロナ時代に培われたものなので、日常感で満たされてくると現下のコロナ時代がまるで夢のように、現実感が薄い形で「これは何かの幻ではないかしら」と思えてくる。つまり、クリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」のように。夢の中で夢を見る、そんな夢さえレプリカントの世界である。もしかしたら、コロナなんて本当はないんじゃないか、テレビが壮大なドッキリを仕掛けているだけじゃないか、的な妄想が時々脳裏を過ぎるようになる。僕が感じ始めている奇妙な感覚というのは、そういうことだ。もちろん実際にそんなことはあり得ず、これから何ヶ月にも渡って僕らはこの見えざる敵とさらに戦っていかなければならないことは重々承知なのだけれど。

土曜の朝はいつもの茹で卵に加えて包子が食べられる。お昼は何とMy Biryani houseからマトンブリヤニを注文して、Teh Tarikと共に食べた。もう1ヶ月ぶりくらいのインド料理に大興奮。やっぱり僕はこういうご飯が大好きだ。そして晩飯は即席麺に材料を加えた義母特製のミーゴレン。うまい。味付けはオイスターソースとイカンビリス。日曜は卵に大判焼きの朝飯、お昼はチャーシューライスを買ってもらい、晩飯は普通に二品ついたイエメシ。この間、ヨーグルトだったりスナックだったり結構色々食べた。はっきり言って、食事については当初の緊急モードを脱して体が落ち着いてきたので、普通通りに近い食欲と体調に戻りつつある。減量にはならないがよかったよかったである。

テレビについては、台湾のバス旅とか、以前録画した帰れマンデーの寿司探しとかそういうのを中心に見た。あと相方がSnowmanの面白いYoutube動画を色々持ってきてくれるのでそれも。Snowman、とりあえず皆仲良い感を出そうとしているのがとても好感を持てる。皆のキャラも立っているので、ちゃんとオチや笑いがついていて安心して見られる。まあSさんは少しうるさいけれど。

そんな訳で、週末は実はこの日記に吐き出さないといけないような乱れた思考はほとんど出てこないので、日記のエントリもこんな感じになる。CB生活もだいぶ落ち着いた。あ、あと土曜日の夜7:55から、シンガポールの「Home」という建国記念日に歌う曲を皆で歌おうイベントがあったのだけど、期待していたのだけどこの家の近所では単に一部の人が叫び声をあげるだけで終わってしまって、僕の思い描いていた美しい情景とは全くかけ離れたアンチクライマックスであった。忘れないようにここに書き記しておこう。

4/24(金)プレミアムフライデーって何?

昨日から続いていた俳句案件は午前中でめでたく終了。納品も済み、少し余裕が出た。今日は朝こそ茹で卵のみであったが、お昼には義母がとても美味しいお粥を作ってくれた。干帆立、鶏、刻んだ豆腐と漬物が入った少し固めの雑炊みたいなお粥。美味しく食べて、きちんと感謝を伝えておいた。僕が体重こそ減りながらも極めて健康的な生活を継続できているのはひとえに彼女のおかげである。それはきちんとわかっているのだが、十分に感謝を伝えられない自分がもどかしい。

14時からは毎週恒例のリモートヨガタイム。今日は前半の30分が結構キツめの運動が多かったけど、後半の寝てやるヨガは音や感覚から入るメディテーションで気持ちよかった。何だかプールに入って一頻り運動した後の気怠い爽快感というか、あんな感じで1時間が過ぎる。ヨガは本当にいいなあ。昨日書いたラジオ体操とも相まって、僕の心のしこりを優しく解きほぐしてくれるようだ。

ANAのフライト、普通に電話で先の日程に変更した。コールセンターの人は疲れたような放心したような、なんか不思議な投げやり感を感じさせる応対だった(対応自体はいつも通り素晴らしいのだが、僕の感覚的に)。どうせ誰にも先のことは分かりはしない。世界は2週間単位で目まぐるしく動いている。どこが安全でどこが危険かなんて本当に誰も読めない。僕は信じた方に、ダイスを振った方で何の目が出るか、ただそれを受け入れるだけだ。そう、何度も言うけど生きていくことは何かを信じるということ。自分に強い信念を持つこと。たとえそれが、客観的にあるいは科学的に見てどれだけplausibleな信念であるか、なんていうことは全く関係がない。

全く大変なウィルスだと思う。僕にとってはロシアンルーレットみたいなもので、どうして一部の人が軽視したり過小評価できるのかさっぱり分からない。例え何十分の一の確率だろうが、僕はロシアンルーレットはやりたくない。今日はBill GatesからGates Noteのメールが来ていたので読んでみた。下手な二流メディアの読ませんかな記事を読むより、こういうまとまった知的な記事を読む方がよっぽど気が利いている:
https://www.gatesnotes.com/Health/Pandemic-Innovation
まだ判断を下すには時期尚早かも知れないが、レムデシビルがあまり効いていないらしい。アビガンについても、ここ数日とんと音沙汰がない。治療薬にはぜひ頑張って欲しいのだが、効いているのかどうか分からないようではプラシーボと何ら変わりはない。やはりワクチンか、あるいは回復期血漿(convalescent plasma)のような王道を地道に歩むしかないのか。Oxfordやドイツ、アメリカでワクチンの治験がどんどん進んでいる。世界はその成り行きを見守るしかないのだけど、でも今からワクチンが完成した世界を想像するだに楽しみだ。何でも80以上のプロジェクトが走っているらしい。いいじゃん人類の叡智。早く完成して、僕が気軽にバス旅ができる世界に戻してくれよ。頼むから。

で、今日はプレミアムフライデーなんだってね。それって一体何?僕の窓から見える景色はいつも、この投稿のアイキャッチ画像(タイトル下の白黒写真)のままです。ああ、日本酒でも飲みたいなあ。

ちなみにふと明け方、今の避難生活から数年前にアムステルダムで見たアンネフランクの家を思い出した。中はそれなりに広くて、きちんとした炊事設備も備えられていて僕は驚いたものだ。オットー一家はあそこに約2年間隠れて住んだらしいが、僕らの避難生活も今の戦時下のような状況も何となく似ている気がして、勝手に親近感を感じてしまった。別にどうということもないのだけれど。

4/23(木)エアポケットのような日

毎朝、ラジオ体操第一をやっている。一回だと物足りないので、大体二回繰り返す。三回やるとちょっとやり過ぎで疲れてくる。ラジオ体操については子供時代の夏休みを色々と思い出す。僕は不真面目な子どもだったのでスタンプを全部集めようとかそういう気持ちは全くなく、時々面倒な時はスキップしたりしていた。しかし今この非常時においては、僕の数少ない運動機会としてこの体操がとても心を落ち着かせてくれる。終わった後、確実に血行が良くなり背骨が矯正され胸郭が呼吸しやすい状態に戻っているのを体感することができる。こういう基本的なワークアウトも悪くないな、と思う。

今のこの生活にも大分慣れて来た。人間というのは良く出来た生き物で、どんな状況でもそれなりに適応して生存できるように作られているものらしい。具体的にいうと、悪いニュースの一つや二つでは動じなくなった。僕は意図的に、今いる嫁さん実家より外の世界を考えないようにしている。SNS時代の悪い側面だが、世界中の悪いことを見て来たような気に慣れるのが今の情報化社会(死語)だ。僕と僕の内面には何も関係がない。そして、「もしかしたら俺かかったかも」「もしかしたら義家族かかったかも」も減って来た。毎日同じような一日が繰り返されると、それが固定的なもの、恒久的なものであるかのように受け入れる自分が出来てくる。そう、毎日元気に健康に起床出来て、普通に毎晩ぐっすりと眠ることが出来るのだ。言い方はアレだけど、三食昼寝付きで。もちろん心からの感謝は忘れないが、慣れて仕舞えばどうってことはない。

ANAから帰りのフライトがキャンセルになった旨メールが来た。同時に、2ヶ月近く前に相方が問い合わせたICAへの質問メールへの回答も。これから世界がどう動くのかやや不透明だが、僕は当地に残って状況の推移を見守ることに決心しているので、粛々とそれにむけたアクションを取るだけだ。

午前、アプリ用の翻訳案件をこなし、午後からは俳句案件をUpworkで受注。こんな状況下の当地で植物が詠まれた俳句の収集なんて風流な仕事をやっているととてもシュールな気持ちがしてくる。でも何かちょっとしたタスクで頭を一杯にしておくことはとても重要だ。特に今みたいな、余った時間でいくらでも悪い空想にふけることが出来る余裕がある時には。

朝茹で卵、昼はタロイモ炊き込みご飯。夜は3品ご飯(黒い豚肉がうまい)。ケンミンショーを見るまでちょっと昼寝するつもりが3時間近く寝てしまった。ケンミンショーはこれまでの再構成みたいな回で、八重山そばの簡単レシピが凄かった。あとイカにんじんも。その後、Superflyのライブ映像(僕らが見に行ったさいたまスーパーアリーナの奴)を懐かしく観る。

4/22(水)この心細さは皆同じ

毎日、考えなくても良いことは考えないようにしている。でも時々、妙にニュースが読みたくなって色々読んでしまうと、あとでドッと疲れのようなものが出てくる。これだけの期間、外出を控えなければならないこと自体がもはやシュールレアリズムだ。日本のニュースを見る。シンガポールのニュースを見る。どこの国も頑張ろうとしている。もう本当に、長いトンネルの中に入ってしまったんだなと思う。3月頭に当地に来た頃は、多少まだ状況は楽観的なものだった。昨日その頃に撮った写真を見たけど、僕らは結婚記念日をお祝いするためにMBSやGardens by the bayに遠出する余裕すらあった。到着して1週間くらいは、シンガポールで食べたいものをリストアップして精力的に食べ歩いていた。僕のお腹にもたくさん脂肪があった。それが今やどうだろう、僕はこれまでなかったレベルで減量に成功し(あんまり嬉しくない)、毎日代わり映えのしない座敷牢のような生活に耐えている。

もちろんこれは僕らだけの話ではなく、先進国に住んでいるほとんどの人口はこのロックダウンにひたすら耐える生活を余儀なくされている。そして、普段の生活で常に感染するかしないかの危機に晒されていると言っても良い。以前なら、近くのスーパーマーケットには気晴らしに特に用事もなくふらっと出かけるのが常であったが、今や買い物そのものが一大リスクイベントとして、まさに不可欠なタスクとして僕らに重くのしかかっているのだ。

僕は時々、前向きなニュースに触れたくて「ワクチン」「抗体検査」「アビガン」「レムデシビル」などとGoogleに入力して、これらの最新ニュースを確認して少しだけ前に進む力をもらっている。中国とイギリス、アメリカでワクチンのPhase II治験が始まっているらしい。僕がシンガポールに避難している間に、早くワクチンが実用化されてもう少し状況が好転してくれないものだろうか?今僕らが経験している心細さーこれは何も僕や相方だけのものではなく、この星に住む人類にとって共通の心細さになってしまった。僕らがかつて偉大だと信じ込んでいた超大国は、何だか対応できているのかできていないのか分からないカオスに落ち込んでいるように見えて本当に頼りない。映画よりもフィクションな事象が現在進行形で続いている。僕はそれに触れたくない気持ちと、それをもっと知りたい二律背反にいつも苛まれている。

4/21(火)CBはさらに4週間延長に

毎日、僕らは人類が初めて直面する新しい歴史を生きている。大袈裟な言い方かも知れないけれど、でもそれが僕の偽らざる気持ちだ。今日の3時頃、Facebookを見ていたらLHLが5時から演説を行うというメッセージがあった。僕は前回のCB突入時も極めてショートノーティスで記者会見が行われたのを知っているので、ああこれはまた何かやるなあと思った。でも個人的には、政府の対応はいつも機動的なので、そこにはある程度の信頼を置いている。つまり、「お父さん早く対応してくれないと困るよ!」と言いたくなる頃に、きちんとタイミングよく動いてくれるというか。そして5時から演説を見た。やはりCBは5/4には終わらない。追加4週間の延長ということで、まあこれはヨーロッパ諸国の動きを見ても仕方ないところだろう。一回ロックダウンして、再度ロックダウンするようでも仕方ないという例で北海道について言及していたのが少し新鮮。

驚きはない。これに関しては本当になるようにしかならない。僕らは何も出来ないーなるべく家に居て、なるべく頻雑に手洗いをする以外は。相変わらず僕は、何もないような時には妙な不安を感じるのに、一旦こういう演説を聞くと俄然血の気が湧いてくる。多分脳の中のホルモンが変な出方をしているのだろう。不思議な性分だ。

昨日のジンクスの話を少しずつ反芻している。僕が営々と築き上げた不完全な内的システムに、ついにヒビが入ったのだ。崩れ去るのも時間の問題だろう。そこでは僕は、拗ねなくなるだろう。被害妄想を持たなくなるだろう。自分の選択を責めなくなるだろう。自他に優しくなるだろう。ずっと働くだろう。恐怖や不安が今よりずっと減るだろう。

昨日突然やって来たシンガの店リスト作成を午前中やっていた。納品後ちょっと落ち込んだが、すぐ検収され稼ぎが確定される。僕が動けばちゃんと世界は応えてくれる。こんな時いつもByron Katieの言葉を思い出す。Reality is always kinder than the stories we tell about it. 今はこんな世界だけど、いつかまた思う存分に飛び回る生活がしたい。美味しいものを食べ、見たいものを見、会いたい人に会う生活。優れた商品に囲まれた生活。僕らならきっと出来る。そう、生きるってことは信じること。

朝は茹で卵、昼はグラブで大好きなAーoneのおかゆと弁当。途中義母がカリーパフをくれた。Bugisで買って来てくれたらしい。夕食は大好きな黒い豚角煮と、ゴーヤとSea Cucumberの煮物。食後にはブドウをいただいた。

今日はあまりTVが面白いと思わない。けれど、恋つづの再放送を相方と見ていた。今の僕らにとって、テレビ番組が持って来てくれるありふれた日常(今は失われている)の風景が、殺伐とした現状の中で唯一に近い癒しになっている。これから僕らはどこに向かうのだろうとか、明日はどうなっているのだろうとか、そういうこととは無縁の映像。まだまだこれから。

4/20(月)僕の中に巣食うジンクス

今日は朝から義母がたくさん食べ物を持って来てくれた。朝はドラゴンフルーツにパッションフルーツ、昼は昨日の残りのカレー麺と肉干。しばらくして煮豆が出て、晩飯はイカレンコンスープに野菜2品と豪華だった。嫁さんに「これはpig farmで明日出荷なのかしらん」と冗談を言ったくらい、豪勢な食事の一日だったように思う。

そして週末が終わった反動からなのか、色々ニュースを見ていたら(これが本当に良くない)本当に落ち込んできて、しまいには気分転換にと思ってyoutubeで見始めた2015年のバス旅で感情が崩壊してまた号泣してしまった。ほんの5年前の番組なのに、出演者は何の心配もなく(Social distancingやら)思うさまに旅先を闊歩し楽しんでいる。今この小部屋に閉じ込められている自分がとても情けなく、悔しくなって来た。相方の胸を借りて泣いた。最近の僕は泣く以外にストレスを吐き出す術がない。でも溜め込むよりはマシなので、積極的に吐き出すようにはしている。

さて。こんな環境においても、いやむしろこんな環境だからこそであろう、ストレスを上手にcope出来ない僕の不安耐性の低さが浮き彫りになる。今日は、そんな僕をいつも横で見ていてくれる相方が実に鋭い見解を披露してくれた。前にも書いたかも知れないが、僕には内面にある種の願掛け・ジンクスがあって、
・必要以上に心配することで悪いことが起きない
・心労や苦労を買って出ることで、思いも寄らない良いことを誰かが(自分の神?)実現してくれる
というものだ。いや、確かにあるよこれ。言われないと分からなかったけど。

何か小さい時に、このジンクスを強化するような悪い出来事があったか?と聞かれた。思い出してみたけど色々あった気がする。というか、僕の文脈では、何か酷いことや悪いことが起きたときの両親のフォローはまるであってないようなものだった。僕は心理的にはいつも怯えて暮らしていた。たとえ表面上は明るく元気に振る舞っていたとしても(そう振舞わないと生きていけなかった)。そして、イマジナリーフレンドみたいな存在としての、「イマジナリーゴッド」を恐らく自分の内面に作り出し、そのイマジナリーゴッドが僕を庇護してくれると、守って元気で長生きさせてくれるーそういう内面事象を僕の中に作り出したのだ。そして、僕はその内面の神とひたすらTransaction(取引)を繰り返し、ある時は偶然にも良いことが起き、ある時は力足らず良いことが起きないといった、心の中での綱引きを常に繰り返して来たのではないかと。こう考えると実に多くのことが腑に落ちてくる。

そして、今のようなExtremeな状況にあって、僕は自分を守ってくれるProtectionがとても薄くなったように思い込んでいる(本当は政府や社会や家庭が僕を守ってくれているにもかかわらず)。そのProtectionを少しでも増強して生存確率を上げるために、僕は無意識のうちに不安で心配な思考に心のエネルギーを注ぎ込み、つまり「これだけ心配しているんだから僕を守ってくれよ」という取引を持ちかけているのだ。恐らく。(少なくとも相方にはそう見えるらしい)

もちろん、必要最低限の不安や心配は大事だ。それがないと当面の生存すら難しくなってしまう。しかし、僕のように際限なく不安思考に落ち込み、日常生活もままならないレベルになってしまうとそれはやはり困るのだ。自分も周囲も。僕は明らかに他の人とは違うレベルの緊張感を抱えて毎日を生きている。そしてそれが本当に辛い。気楽に自宅外に運動に行く人や、仕事で通勤している人、街を歩いている人を見ると異星人のように思えてくる。しかしこの場合、僕の方がどちらかというと異星人レベルの緊張状態にあるのだ。

そうだな、もしかしたらこの願掛けジンクスのおかげで達成できたことも人生でいくつかあったかも知れない。でも今みたいな肝心な時に役に立たなくて、むしろ無駄な心労が増えて身体にダメージを与えるだけだとなると、本当に百害あって一利なしみたいな状況になってくる。僕の中の神が消えるのは何だか寂しいけれど、でもこのジンクスが溶けてなくなってしまえば、僕は次の段階に進めるのかも知れない。むしろ、僕をそうやって成長させて行くことが、つまりは成熟ということになるのかも知れない。この神も仏もないような世界を生き延びるために。

とにかく僕はこの新しいnotionージンクスの消えた自己世界ーを咀嚼するために少し時間が必要だ。相方の慧眼に感謝しつつ(これだけ僕のことを深く理解し得る人間は他にいるまい)、日々の生活の中でこの視点を深化させて行こうと思っている。そんなCB生活3週間目。

4/18・19(土日)Strawberry Fields Forever

突然だが、Beatlesの曲にStrawberry Fields Foreverという曲があってそこにこういうフレーズがある。

Living is easy with eyes closed, misunderstanding all you see

この週末、僕はあえてともすると世界に向けて大きく開こうとする僕の目を閉じ、僕が今生活しているこの空間、ここだけの安全性と平和にフォーカスして、毎日面白いテレビ番組をのんびり見ながら過ごすことに努めてみた。するとどうだろう、少なくとも自分を時々襲う強い動悸や不安感はまるで嘘のように消し飛んでしまった。これが相方のpeacefulnessの正体か、と思った。世界は暴風雨でも、僕らがいるここはまるで平穏だ。義家族も元気、僕らも元気。僕らはまるで昔に戻ったかのように(昔というのはコロナを全く考える必要のなかった数ヶ月前のことを指す)楽しい時間を過ごした。

週末食べた飯を列挙すると、土曜朝:ケーキ類、昼:ピータン粥、夜:2品家飯。日曜朝:茹で卵、昼:炒めご飯、夜:手作りカレー。今週末は一瞬だけキッズが来てうるさかったがすぐ帰った。シーツ類も洗い、カーテンもきれいにしてもらった。僕は相方とのスキンシップをいつもより多めに取りながら、テレビ東京系の旅番組(タクシーとかバスとか)を中心に楽しくテレビを見て過ごした。何というのか、かつての平和な日常・平和な街並みを芸能人が何のSocial distancingもなく闊歩している番組を見ていると、曰く何とも言えない気分になってくる。僕らは生まれてから平和な社会の空気しか吸っていなくて、今のような悪夢の状況にはまだ慣れていない。もうしばらく戻れないのだろうけど、早く戻りたい。それが僕を含めた世界の人々の偽らざる気持ちだろうと思う。

日曜の夜、堂本光一がインスタライブをやるというので相方の付き合いでライブを見た。彼も、何か言いたいことがあるけどうまく言えない感じでとてももどかしそうにしていた。僕はほぼ同じ世代なので、何となく彼の気持ちや不安感が分かる。多分、自分のファンに対して「安全でいろよ」と言いたいのだろうけど、必ずしも皆が安全性のある生活を送れるわけでもないから、自分の不安も含め、ちょっと持て余しているところがあるのだろう。今回の事態に関しては貧富の差も何もない。もしかしたら通常の人よりprotectionの高めな生活を送れる人もいるかも知れないけど、本当に個人レベルで出来る防御対策はたかが知れたものなのだ。僕は先月彼が舞台中止の判断をしたと聞いた時に「素晴らしい、それでいいんだよ」と称賛した。でも事態はそういう小手先でどうこう言えそうなものでもなくなって来ている。

こんな時、ものをまともに考えようとする人ほどまともにダメージを食らうだろう。こういうおとぎばなしみたいな時代には、あるいはそこを生きる僕らもおとぎばなしのようなメンタリティでいないととてもやっていけないような気がしている。

今日も僕は自分の右側を見る。そこには、いつも元気で優しく僕を支えてくれる素晴らしい相方がいる。
彼女は「何も心配いらないんだよ。私が守ってあげるからね」と言ってくれる。
僕はその言葉を信じて、彼女のいうことを聞いて、いつかこの破れた空が閉じてくれることをいつも祈りながら生きている。

生きることは信じること。信じることが出来ない人生に何の意味があろうか。

4/17(金)女は強い、男は弱い

今日は金曜日。たとえCB下であっても、金曜はなんとなく嬉しいものである。相方もようやく1週間の仕事から解放されて、少し明るい感じになる。これから外出こそ出来ないが、週末の二日間が帰ってくる。僕は相方と一緒にいる時間がとても好きで、たとえこんな状況であっても彼女とだらっと過ごせる土日は至福の日々である。

相方の会社はスタートアップ企業なので色々と新しい試みがあって、社員福利厚生の一環として毎週金曜にヨガレッスンを1時間提供している。彼女も今年に入って毎週これを本社でやってきた訳だが、今日はついにオンラインヨガレッスンということで、僕もステルス参加してみた。講師の先生はすごく若く見えるのにそれなりのお年でびっくりする。世界中からの参加者がZoomを使ってヨガのポーズに呻吟する光景はなかなか近未来的である。僕も言われるままにやってみたが、最初こそ大して暑くもなかった部屋がどんどん暑く感じて、じわりと汗をかいてきた。前半30分は割と激し目の運動系ヨガ、そして後半30分は主に横になって瞑想を中心としたセッションである。少なくともヨガをやっている間、僕らは他のことを何も考えず、ただ自分の身体との会話に没頭することが出来とても良かった。実際、相方はこのヨガセッションを始めてから目に見えて姿勢が正され、以前のように肩こりを訴えることもほぼなくなった。なんというか、いわゆる腕立て・腹筋・スクワットなどに代表される筋トレとは違い、ヨガは本当に必要な体の柔軟性と筋力を、体の真奥から掘り出してくるような作業である。僕はかつて仏教を色々学んでそれなりに瞑想については体得もし知得もしたつもりであったが、ヨガはもう少し違う角度から僕らの体に刺激を入れてくれるような感じがある。これを機会にもう少しヨガを知っていきたいなと思っている。

最近、義両親が普通に早朝外出して運動してきたり、日中に近くのスーパーに買い物に行くのを見て、どうにも僕の意識との違いを感じ嘆息せざるを得ない。確かに政府は出るなというのだから、僕らみたいに本当に一歩も出ないようなのもどうかと思うのだが(出ると色々妄想するのでいっそ出ない方がよかろうと思っている。運動は室内でも十分に出来る)、でも必要物資の買い出しとはいえ、毎日出るのもどうなのか。もちろん、それによって僕らが生かされている側面は十二分にある。買い物に行ってこいと言われたって僕は多分行けそうにない(もう少しCBが進んで、Local Spreadが少なくなったら出来なくもないが)。でも、彼らはそれなりに高齢なのだから、もう少し自重してほしい感覚はある。でも彼らなりに色々対策をして気をつけて行っているのだろうから、僕としては信頼して無事を祈るしかない。

そう、前も書いたように「生きていくということは信じること」なのである。災害や不幸は大抵の場合、何の因果関係も理由もなく突然発生する。僕の周りで起きた、限られた人々の死を考えても全てに因果関係はない。そして、僕らは皆いずれは死を迎えることになる。何の不思議もなく、遠い昔から繰り返されてきた自然の摂理である。

しかし、今を生きる僕らとしては、目の前の現実を生きていかなければならない存在としては、「大丈夫全てうまくいくさ」と思い込むことが出来なければ、つまりそれを信じることが出来なければ、とても生きていくことは出来ないのである。特に今のような、ある種極限的な状況下にあっては。

僕の体調は今日はさらに良い。何ら息苦しさも熱も感じない。喉もだいぶ良くなって、ほとんど違和感はなくなった。そして相方も体調は極めて良いようだ。こんな当たり前の事実が、しかし昨今では貴重なことなのだ。シンガポールも600万人近い人が同じような状況下で息を潜めて生活している。多分、普段の生活で不安に思ったり心配することは同じようなことだろう。自分の家族が無事で家に帰ってきてくれるかどうか、皆が健康で一日を過ごせるかどうか。

時間は流れてゆく。僕らが悩もうが苦しもうが、楽しもうが明るく生きようが。ならばせめて今この一日、この目の前の時間だけは楽しく行きたい。ケセラセラ、か。なんか沁みるフレーズだな。

で、タイトルの「女は強い、男は弱い」だけど、なんとなく僕がそう感じている。うちの相方も義母も、女はなぜかこういう時に強い。そして僕も含めて、ちょっとこういう風になると男はなんとなく弱気になってしまうような気がする。考えすぎてしまうのかもしれない。恐れすぎてしまうのかも知れない。何日か前に思ったように、もう少し強くなりたい。レジリエンス、不安耐性をもう少しね。

4/16(木)何事も慣れる

基本的には良いことなのだろうと思うが、このCB生活にも少しずつ慣れてきて、少なくとも生活そのものにパニック的な反応を示すことはほぼなくなった。今日は珍しく午前中家に誰もいなかったので、これ幸いと家の中を30分近くジョギングして回り、ベッドルームから強めの太陽を10分近く浴びてみた。結構気分は爽快である。朝は卵、昼はラクサ(辛かった)、夜はいつも通りの手料理である。夕方キッズがやってきて少しうるさかったが、しばらくしたら帰って行ったので良かった。

夜になり、Superflyの期間限定ライブを観た。2009年の武道館公演だ。まだシンガポールに住んでいた2009年に僕らはSuperflyを知り、1枚目と2枚目のアルバムはそれこそmp3がすり減るくらい聞いた。そんな懐かしい楽曲ばかりの初期ライブだものだから、相方と二人で聴きながらとてもノスタルジックな気持ちに浸った。やっぱり音楽はいい。浮世の嫌なことをたとえ一時的にでも忘れさせてくれる。映画もそうだし、テレビもそうだけど、人類が営々と築き上げてきたエンターテイメントの力は偉大である。

毎日、色々小さな心配事が次から次へと僕の胸の中を去来する。その度に、「なんとかなるよ」「大丈夫だよ」「考えなくていいんだよ」と心に呟いている。そして、明日にでも何かgame changerが誕生して、本当に相方が言うように短期決戦でこの状況が一気に好転するような、そんな人類科学の逆襲をいつも夢見ながら床についている。そう、実は僕の最近の寝つきはかなり良い。体調もここ数年で一番良いくらいになってきた。決して悪いことばかりじゃない。

4/15(水)生きることは信じること

4月も折り返し地点に。僕の人生でも本当に長い0.5ヶ月だった。たかが2週間過ごすのにこんなにパワーが要るとは思わなかった。もしかしたら他の人はそんなに心的パワーを費やしてはいないのかもしれないけど。

昨日から引き続きジンクスのことを考えていた。僕の人生の中でいくつか得られたささやかな成功は、決してジンクスのおかげではないと。何かとバーター取引をして得られた果実ではないと。でもある種の逆境のような状況から僕を引き上げてくれたものー福島県から海外に出させてくれたものーは、実は自分の信じる力ではないのかと。相方からアドバイスをもらって、僕には思い当たる節があった。

昔からそうだった。根拠のない自信、あるいは成功イメージを強く持つ。そして、それに向かってひたすら注力する。努力を重ねる。何年かかるか分からないけど、現状はそうではないけれど、とにかくイメージを強く持つ。そこに邁進する。僕がいくつか重ねた成功は、そうして得られてきたものなんだと得心がいった。

これを現在の状況に当てはめてみよう。極めてロジカルかつ客観的に見てみれば、現状はとても不透明である。誰にも1年後に何がどうなっているのか分かりはしない。しかし、「必ずこれは終わる」「必ず生き残る」という強いイメージを持つこと。「明日にでもブレイクスルーが起きる」と信じること。それこそが、不安定な状況下でも強く前に進んでいく原動力となるものではないのだろうか。

こう考えて、自分が今まで心配してきたことや苦しんできたことを色々検討してみた。すると、大抵の場合、物事がうまく行かない場合にはクリアな成功ビジョンを持てていないことにはたと気がついた。これは、現実を全く無視して楽観的な思い込みを持て、ということではない。自分の生産性を上げるため、あるいは免疫力を上げるために、人は逆境においても常に明るい望みを捨てては生きていけないのだ。つまり、生きることは信じること。誰かが積み上げたドグマを信じ込むのではなく、生きていくための小さな希望の灯を、消えないようにかばいながら歩いていくこと。

もしかしたら、ブレイクスルーは今日中には起きないだろう。でも明日起きたら何かが変わっているかもしれない。(誰にそれが否定できよう?)世界中の政府機関や医療機関が、出来るだけこのロックダウン状況を早く終わらせたいとジリジリしている。その中で、必ず次に繋がる希望の試行錯誤がされているはずだ。もちろんそれは僕のMy business領域ではなく、他人の領域であるから自分に出来ることは何もない。しかし、必ずどんな時にも希望はある。希望を捨ててはいけない。少なくとも自分の心からは。

かつて若い頃、僕は「アウシュビッツに入れられても生き残れる強さが欲しい」的なフレーズを書いたことがある。今の異常な状況は決してそう遠いものじゃない。この文章に対する回答のようなものを、今日は相方との会話から見出すことが出来たように思っている。どんな逆境でも常に希望を持ち、現状に押し流されないこと。希望を持てば必ずこれは終わる。

朝:茹で卵と包子、昼:点小二のダックライス、夜:義母手料理(プロテインたっぷりの美味しいご飯だった!)

追記:僕は先月からずっと体が臨戦態勢で、のんびりリラックスすることが出来ず体がガチガチで体重もすごく減ってきていた。でも今日は、相方と色々話す中で「でもここは安全だよ」というフレーズに反応して、緊張モードをOFFにすることが出来た。家の中を見れば、義両親も義弟も元気だ。当然僕らも元気だ。政府は拡大しないよう最大限に頑張ってくれている。皆が僕をサポートしてくれる。不安そうな僕を、出来る範囲で温かく見守ってくれている。

そう思ったら一気に力が抜けて、そして健康な空腹感が戻ってきた。僕の精神は実に都合よく出来ている。安心と安全ー外の世界ではどうか知らないけど、少なくとも自分がいる空間においては、そこが安心で安全だと信じたい。思い込みたい。そうじゃないとやってられない。

今日はそんな訳で、普段よりもっとぐっすりと寝ることが出来た。ああ幸せだ。

4/14(火)押し寄せる不安の波

最近、日々の過ごし方(というかやり過ごし方)の質が以前とは変化してきた。3月中は何というか、もう少し心に余裕と振れ幅とパワーがあって、漠然とした不安の波の中でも、調子の良い時と悪い時が交互に訪れるような感じでいた。でも最近は、総じて低調で不安で憂鬱な下向き思考に支配されている日常になってきた。あ、これがもしかすると「コロナ鬱」なのかな。Hello darkness my old friend, I’ve come to talk with you again.

フランスに滞在している作家の辻さんの日記を愛読しているのだが(コロナへの怯えっぷりや神経質なところが僕と似ているので勝手に親近感を感じている)、ロックダウンの先輩であるフランスでは色々な知見があり、中でも「ロックダウン3週目くらいから精神状態が不安定になるから注意」という精神科医の見方もあるそうだ:
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-513-1/
今シンガポールはまだロックダウンの2週目。

そうだな、僕がもうコロナに対してロックダウンというか、ガードを強く取り始めたのは2月の中旬ぐらいだった。当時まだ治療中の歯があって、自宅から西新宿の歯医者に行くにも「もう地下鉄はダメだろう」と考えて、わざわざ徒歩片道1時間の道のりを往復したくらいだった。その時とった道のりも、基本的には裏道であまり人が通りそうにないルートだった。東京だというのに全く人気がないことにとても不安を感じて、時々すれ違いそうになる人にビクビクしながら新宿までいったっけ。あの時の暗い気分は今でもまざまざと思い出せる。

そして、ここにいる今の状況はとても宙ぶらりんー通勤も買い出しも行かなくて済むことは恵まれていることだと思うのだけどーなので、とにかく時間が余ってしまうから、余計に色々関係ないことを考えてしまう。最近、手洗いの回数もアルコール除菌の回数も目に見えて増えてきた。何だか強迫性障害みたいな感じだ。そして、いまだに義理家族が外出したり、Essential Workerとして公共交通機関で通勤していたりするので、とにかく思考のジャンプが凄い。深夜になり、彼が部屋で変なくしゃみでもしようものなら「よもや貰ってきてしまったか!?」とビクッとするのだ。これは本当に体に悪い。

そんなこんなで、明らかに僕の今日はこれまでとは少し調子が違ったので、相方に色々と話を聞いてもらった。すると、「Zenにはジンクスがあるよね」と彼女はいう。つまり、「これだけ気を遣って対策やっているんだから、神様仏様(か何か知らないけど)悪いことが起きないようにしてよね」という「バーター取引」だ。僕は自称理系でロジカルなことを好むとか自分では言うくせに、ここだけイロジカルで宗教的で一貫性がない、と。うーん、少し考えたけどそうかもしれない。

*僕は、ジンクスではないけれど、僕の人生には何か導き手のような存在がいて、その存在が自分を苦境から引っ張り出してくれて、県庁という味も素っ気もない職場から海外にまで出させてくれて、相方に出会って、その後大冒険をすることが出来たのだと思っていた。でもどうだろう、それが全部「自分の力と努力で勝ち取ってきたもの」であって、何らsuperpowerだかhigher powerの関与しないものだとしたら?

僕にとってこのアンチテーゼは少し心に堪えるものがあるーというのは、僕は何らかの庇護によってここまで生かされてきて、そしてこれからも生存していくと信じていたいからだ。なんかとても宗教的だな。自分らしくない。多分、この傾向は子どもの頃に色々なファンタジーを詰め込まれたからではないかと思う(80年代のアニメとかTVって本当にファンタジーだらけですよね)

僕を知ってくれている人なら分かると思うけど、現実よりも自分の妄想が優先し、そして現実世界のストレス量に応じて表に現れる人格がシームレスに移行するのが僕という存在である。人格同士の連携はあまり良くない(他人格が口に出したことをあまりはっきり覚えていない)そして、多分この性質は後天的というよりは、元々持って生まれた遺伝による部分がとても大きいのだろうということも分かっている。
こういう感じの人で、でも曲がりなりにも世間との折り合いをつけて生き延びている人はあまりいないので(大抵何かで問題を起こして社会に適応できなくなってしまう)、人によっては僕のそういうあり方に大きな魅力を感じてくれる人もいる。相方もそのうちの一人だろう。

でも現実世界を見よう。僕らが生きているこの時代に、悪夢のようなこのコロナ危機が発生してしまった。嘆いても喚いても元には戻らない。これが世界の実相であり、科学がそれに打ち克つまではずっとこの状況が続く。そんな中で、僕はジンクスを脱ぎ捨て、よりもっと強い、現実に即した新しい自分に生まれ変わる必要があるのではないか?この苦しみは、古い殻がもう新しい自分に合っていないからではないのか?

ー実はそれこそが今日相方が僕に伝えてくれたことだった。彼女は、僕がより良い方向に変わっていくこと、このコロナ危機を夫婦一緒に乗り越えていくこと、そしてアフターコロナの世界で新しいことが待っていることについて微塵も疑いを持っていない人だ。ジンクスを捨て、新しい価値観で生きること。そう、もしかすると世界だけでなく、僕こそが自分の新しいあり方に成長するための産みの苦しみを味わっているのが今なのかもしれない。

朝食:茹で卵、昼:AーoneのGrabデリバリー(お粥うま過ぎ、弁当もOK)、夜:義母の手料理(黒い肉が美味い)
鈴木貫太郎の本を読んで、未公開ライブ数点をYoutubeで見た。あとは火曜サプライズ(東京やらイギリスやらフランスやら、シュールリアリスティック過ぎ)

4/13(月)不安と戦うと言うこと

今日は過去数日に比べると少しニュースに触れた日だった。というのも、基本的には信頼できるソース(主に政府関係)以外の情報はあまり聞かないようにしているのだが、今日は日本大使館やそのほかからメールが来ていたからだ。そして、夕食の時にテレビのニュースが流れているので、どうしても耳にしてしまった。どうも数日空けただけで、だいぶ事態は動いているようだ。僕の知らない数字が並んでいるものだから。

朝は茹で卵1個にエッグタルト1個、そしてお昼はいつものYuanYangとソイソースチキン。いつもこの店はご飯が炊き立てで美味しいのに、今日はカタカタの古いご飯がついてきて非常に美味しくなかった。多分お客さんが減ったのでご飯が履けてないのではないかしら。でもコーヒーを飲みながら相方と喋るひと時は本当に至福だ。たとえそれがCB下の閉じ込められた部屋の中であろうと。早くこういう生活から解放されて、本当に些細でいいから夕方のひと時相方とゆっくりコーヒーでも飲みながら語り合える日常が戻ってきて欲しいと願っている。

夜は家飯、好物のイカ蓮根スープ。義母には本当に頭が上がらない。

日本のことを時々考える。日本の数字はそもそも検査を抑制しているから全然当てにならないが、状況を見る限り何だかスローに推移しているようだ。僕は東京が本当に安全になるか、安全が期待できる事象(特効薬が確立する、感染者数が減る、ワクチンが出るetc)がないととても危なっかしくて戻る気にならない。そう、ワクチン。色々な噂が出てきているけど、大体9月くらいには臨床試験を特急で終えて出始めるようなスケジュール感らしい。本当に山中教授ではないけれど、これはマラソンだなと思う。

4/12(日)基本的には寝週末

「竜馬が行く」に出てきたフレーズで、「無明長夜」という単語があったのを覚えている。四国のお巡礼さんが使うフレーズかなんかで、人生は明かりのない長い夜のようなものだと。僕もともすれば今の状態は無明長夜ではないかと思うこともある。1ヶ月前、まさかここまで事態が切迫するとは思っていなかった。例えウィルスが燻っているにせよ、きちんと気をつけていれば街歩きも出来て、人を避けてさえいればどこにでも行けるものだと思い込んでいた。しかし今では、僕らはシンガポールの片隅で、小さい部屋での蟄居を余儀なくされている。幸い、夫婦どちらも体調に問題ない(僕は時々胸が苦しくなるが、これは心因性だ)体温も低いし、味も良くわかるし、きちんと眠れている。でもこの夜の暗さと長さは嫌になってくる。CBだって始まったばかりでまだ6日目だ。

僕はもう最近では、政府発表や公式統計の数字をフォローすることすら難しくなっている。数の多さに戦慄せざるをえない。相方は「毒なのよそういう情報は」と言う。一切見なくて良いとも言う。何だか、悲惨な事故の映像を子供に見せないような感じだ。時々、SNSをチラ見したり新聞の誌面が目に留まると、なかなか衝撃的な数字が並んでいるような気がする。でも僕らが今乗り込んでいるこの船、シンガポール丸の航路にはとりあえず影響がない。政府は頑張っている。僕らも家にいることで頑張っている。一度信じて乗り込んだ船は、もはや乗員や船長の腕にかけざるをえない。僕らは船の中で、せいぜい怯えるか、あるいは開き直って平常心でいるか(うちの相方はこっち)色々なことを思いながら安全な航路を願うしかない。船の操船に乗客の思念は何ら影響しない。

先月、僕は状況を見てシンガポールと日本を行き来できるものだと信じていた。しかし状況はそう言う予断を許さない。この週末も色々な人に連絡を取った。そのうち一番リアルで凄かったのは、県庁時代の友達がミャンマーから脱出して日本に帰ってきた話。帰る手段がないので、現地の入国管理局に4回、日本大使館に3回通ってようやくビザ延長が認められたのだが、そんな折フライトの空席が偶然見つかり、そのまま成田まで飛び福島に帰ったそうだ。ミャンマーは公式発表では22人しか感染者がいないので、他の検疫対象国とは違い割とスムーズに空港を出れたらしい。今回ばかりは彼も、肉体的にも精神的にも大いに疲れたと言っていた。それはそうだろう。想像するだに背筋が凍るような脱出行である。

そんな彼から「わたしもコロナの情報は出発時にはあったのですが、こんな状況になるとは夢にも思いませんでした。ホントに焦りました。Zenは親族が身近にいるのでイザというときには安心かと。覚悟を決めてコロナの状況が改善するまで気長に待ってください。東京も大変なことになっているようです。とにかく健康と精神を強く保ってください。」とメッセージをもらった。涙が出た。そうだよな、覚悟を決めて当面はシンガで事態の推移を見ないと。やけっぱちになって東京に戻るとか、そう言うことは避けたい(やりかねない)。技術的には色々細かい問題点があるのだけれど、多分どれもクリア可能な作業なので事態が急速に改善するまでは当地に腰を据えるしかないのだと思う。

この週末は母親に1回、父親に2回電話した。どちらも1回目の電話は新鮮だったが、今日父親と30分話した2回目は本当に雑談に流れて、しかも彼が昔のことは大して覚えてもいないことが確認できて良かった。これで、僕の中に巣食っている昔あったトラウマ事件というのは、この世で僕しか分からない出来事であることが判明したわけだ。親と対決して確認するとか、そういう次元の問題ではない。僕の中で消してしまえば(あるいは書き換えてしまえば)、このストレスや苦しみはこの世から浄化されてしまうのだ。そこへの対処だ。

相方は言う。僕はいいコンピュータでそこが彼女は気に入っている。あるいは実家のOSはダメOSかもしれないけれど、このMacbookのようにBootcampして、デュアルOSで攻めればいいんじゃない?と。なかなかいいアイディアである。

ストレスをcopeするのに、今のところ泣く以外の手法が使えていない。これは良くない。他に何か方法がないかしら。前までは外でしばらく走っていると少し気分が落ち着いてきたんだけど。あ、でも音楽を聞くのは意外と悪くない。昔の、安全で平和だった頃(と言うか誰しもそうだけど、僕は安全で平和な世界の空気しか吸ったことがない)の懐かしい音楽を聞いている。1990年代の。

4/10(金)CB明けを思う

僕はいつも妄想をしている。特にこういう状況になると妄想が激しくなる。しかし相方に言わせれば、「それなら楽観的な妄想をすればいいのよ」ということ。つまり、あと1ヶ月で全ての状況は良くなるとか、CBが明ければまた普通に出歩ける生活になるとか。そうだな、と思う。それくらいのささやかな妄想は許されて然るべきだ。相変わらず時々触れてしまうニュースは悲観的なものが多い。多分不安を掻き立てる内容の方がアクセスが多いのだろう。こんな時、SNSというメディアの良くない面をまざまざと思い知る。何だか昔の2chみたいで、読んだ後変なダメージを受ける。とにかく、公式報道以外にはなるべく触れないようにしよう。

 

4/9(木)1週間ぶりくらいに外に出た

今日は相方が仕事を休んだのでのんびり過ごせる日。と言っても、昔みたいにオーチャードに繰り出してウィンドウショッピングが楽しめるわけでもなく、基本的にはお篭り生活。ただ、最近家の外に出ていないので、相方と相談して30分くらい近場のホーカーまで歩いてみることにした。

朝、茹で卵以外に近くのパン屋で義母が買ってきてくれたワッフル系を食べてから喉が痛い。場所的には、昨日から弄っている首と顎の骨のあたりなので、多分昨日少しいじりすぎたのだろうと思いながら、シャツを着てランニングシューズを履いて家を出る。途中、エレベーターに人が乗ってきたので息を止めて急いで降りた。全く何でこういう心配をしなければならないのだろう。

久々に出た外界は、しかし大して代わり映えのしたものでもなかった。人はやや少なくなっているもののそれなりに歩いてるし、皆マスクをしている以外特に緊張感が見られるものでもない。僕らは並んで歩き、緑や鳥の観察を楽しみながらフードコートまで行き、そして何も買わずに立ち去り、そのまま家まで帰った。途中見たバスは結構人が載っていなかった。数人程度、と言ったところだ。

お昼は大量のピータン粥をいただき、少し寝る。しかし午後はなぜか上手く昼寝できなくなってしまったので、しばらくゴロゴロ転がる。そうすると、考えてもどうしようもない心配事が次から次へと浮かんでは消える。相方のアドバイスで呼吸のリズムを観察し、そこに意識を集中すると少し楽になった。

そして夜。9年ぶりに実家に電話した。親父と話すのは久しぶりだ。僕は今まで、電話をしたら何かダメージを受けたりよくないことが起きると思い込んでいたので、ずっと実家には電話していなかった。約1時間、近況を色々話し合った。何だか思ったよりも元気そうで拍子抜けした。新しいパソコンが買いたいとか、無農薬の野菜を作っているとかそんな話だった。それと、前から聞きたかった曾祖父さんやその他の昔の人々についても少し聞けた。最後は「コロナ気をつけてね」と言って電話を切った。それから、ずっとベッドで泣いていた。

多分僕は思い込みが強すぎて、現実をそのまま受け入れることが出来なくて、色々な人が僕のことを好きで、様々な形で援助したりサポートしてくれたおかげで今があるのだ。祖父母にも可愛がってもらったし、僕は色々な人から可愛いと言われて育ったのだ。そんな当たり前のことを確認できたひと時だった。

4/8(水)スイング・ホテルを観た

CB(Circuit Breaker)二日目。今日は朝ごはんは茹で卵一個、お昼はGrabで頼んだいつものカフェ飯。Yuan Yangはそれほど甘くなく思ったほど美味しくもなかったし、Mee Siamも結構甘くて、何だかよく分からない味だった。けれど、もうしばらく通えないであろうFun Toastの風景が懐かしく思い出されてくる。こういうちょっとした安らぎみたいなものがCB生活には必要だ。

夜、いつもの映画タイムは「スイング・ホテル」。ビングクロスビーとフレッドアステアのW主演。あの「ホワイトクリスマス」が初めて世の中に出た、1942年の映画でもちろん白黒である。こういう映画を戦争中に普通に作っちゃってるアメリカは凄い。そして、タップダンスやミュージカルといったお決まりの要素に、若干謎のラブストーリー。昨日とは違って、正統派美女みたいな感じのヒロインだったので何の文句もなく観れた。

4/7(火)ちょっと落ち着いてきた

当然ながら僕の調子には波がある。ここ数日見ていた妄想ともいうべき落ち込みや不安は減ってきた。毎日見ている映画が、今では遠い昔のように思える非コロナ時代の気分を想起させ、日中いろいろなことに没頭出来ていること、そして義家族が家にいるのでとりあえず流れ弾に当たって感染する確率が減ったこともあり、こうやって多少の落ち着きを取り戻せているのだろう。今日は泣きそうにはなったが泣くことはなかった。この気分をもう少し強化していきたい。

義母が今日はたくさんおやつを持ってきてくれた。午前中はタロイモを煮た奴にグラメラカ(黒糖)をかけたもの、午後はメロンの輪切りだ。正直なところ、あまり食欲がないので3食の合間にこれだけもらうと結構大変。でもその気持ちは嬉しいので、とりあえず残さずに食べる。お昼はチャーシューライスを買ってきてもらい、夜は夜で普通にご飯をいただく。外出しないで済んでいるので先週までよりよほど気が楽だ。ありがたいと心から思う。

夕方、安倍総理が緊急事態宣言を出すのをライブで見た。残念ながら僕が見た中継は斜めから撮影したもので、プロンプターが入り込んでしまっているのでいまいちではあったが、一通り見て思ったのは「これはだいぶアビガン推しだな」という点。そして、ここに至ってもお願いベースでしか対応できないというか、指導部としては不必要なくらい低姿勢で国民にお願いしている点が少し気になった。でも今回の対応で、一時的に悪化することはあっても中期的に見れば感染は減っていくだろう。これでシンガも日本も同じような状態になった。あとは本当に治療薬だ。ワクチンなんてだいぶ先のことになるのだから、優秀な治療薬によってwithコロナ期を乗り切っていかなければならない。製薬関係や医療関係の方々には本当に頑張って欲しい。

夜の映画タイムは「American in Paris」で、昨日見たSinging in the rainの前年に公開された作品。ジーンケリーが同じように出演しているが、相手役の女優さんがちっとも可愛くないので、僕も相方も大いに不満だった。つまり、こういう女性に引き摺り回される男どもの気持ちが分からない。でもミュージカルとしてはやはり楽しいし、途中(エンド前)に謎のボールルームダンシング15分のイメージ映像が挟まる以外はストーリーの展開も早く楽しくみることができた。見終わったあとは幸福な気持ちと、「やっぱり音楽はいいなあ」「タップダンスやってみたいなあ」という月並みな感想、そして安らかに睡眠につける心地よさが襲ってくる。非常時だからこそ平常心が大事なんだ、ということを改めて教えてくれた夜だった。

4/6(月)”Singing in the rain”を観た

毎朝、胸がドキドキして目が覚める。多分パニック発作だ。昨年の秋ごろにもこういうことが起きて、一回病院に搬送された。検査の結果、体に何も異常はなかった。時々僕の心の中に溜まった澱りがオーバーフローする。仕方ないよね、今がこういう状況じゃ。にんげんだもの。

最近、戦時中の人々にしばしば想いを馳せる。例えばうちのじーさん。26歳で再招集されて東南アジア中4年間転戦して回った。生き残っているからには、そして補給部隊だったからには最前線には出なかったろうけど、その間の心的ストレスたるやどんなものだったろう?そして、それに比べれば今の僕らは、少なくともトンネルの向かう先に明かりが見えてくる希望がきちんとある。期間限定の戦時状態。でも一回こういう経験があると、人間変わらざるを得ないだろうな。そんな多くの人々が、戦後の社会を作ってきた。英国女王のスピーチを観たけれど、とても静かで、でも揺るぎなく力強く、そういう戦時下の修羅場を体験した人間の風格をとても感じた。希望を感じさせるいいスピーチだった。うちのEmperorはいつこういうお言葉をくれるんだろう。

今日は朝起きてニュースを観ていたらとても気分が悪くなった。当たり前だ。少し横になって休むくらいになったが、しかし相方がGrabで美味しい麺料理を注文してくれ、義弟と一緒にダベりながらご飯を食べていたら、自分の悪い妄想が消えてきてとても楽になった。そうだ、まだ僕らは健康で安全にここで暮らしている。体調は頗る良い。ここ数年で一番良いくらい。

Dale Carnegieの「How to stop worrying」のまとめを再読した。「不安に感じるヒマがないくらい忙しくせよ。毎日一日だけを生きよ。昨日も明日も考えるな」とのフレーズが心に刺さった。そうだよね。それから夕方まで、ずっとPCで作業をしていた。何も不安に感じるヒマがないくらい。そしたら、いつもの仕事が出来る有能な自分の人格が表に出て来て、とても気分が楽になって来た。そうだよこれだ。一気に心が楽になる。

義両親が帰って来て、明日のサーキットブレーカーから1ヶ月お休みになったという。これももう一つ自分的に安心材料だ。そうだよ家に居ればいいんだ。そしたらみんな安全だ。夕食の時、いつもより少し多めに話す。こういう一家団欒みたいな時間があると、僕の心は一気に和む。こっちに来て良かったと思う瞬間だ。

そして夜、時間が結構余っているのでAmazon Primeでいろいろ物色していたら、どうしてかはわからないけどSinging in the rainを観た。1950年代の映画だが、ストーリーの展開といい、画像の美しさ、どれもすごくいい。名作だ。相方と二人で夢中になって観て、観終わったらとても幸せな気分になった。

そう、大変な時だからこそ平常心が大事だし、平常心を養うためには心に落ち着きを与えてくれる栄養が必須なのだ。僕は毎日できるだけ映画をみようと心に決めたし、そういう意味でやはりニュースに触れるのは良くない。今、僕らはゆっくり上がってくる大津波の上にある船の中にいる。船の舵取りやケアは専門の人々(政府公務員)に任せておけばいい。僕らのキャビンの中では楽しいことだけを考える。明日から継続して、ニュースは出来るだけシャットアウトすることに決めた。どうせロックダウン中に出来る事なんて何もないし、ロックダウン中に情報収集しても何も得られない。徒労と、取り越し苦労と、制御に難儀する不安以外は。

4/5(日)テレビ三昧に涙する

休みの日、というのは大体相方が月〜金のオンライン勤務なので土日になるわけだが、は相方が非常にリラックスした感じて居てくれるので僕はいつも楽しい。今日は中華伝統で清明節、ちょっとしたお盆みたいな日に当たるので、義両親は朝から色々と準備をしていた。火曜日から1ヶ月間の自粛期間、サーキットブレーカー期間(あえてロックダウンとは言わないらしい)が始まるので、買い物に行ったり何かと慌ただしかったようだ。僕らはというと3食全部準備してもらって、家でSlingboxで日本のテレビを視聴していた。

テレビ!僕は今までの東京生活で、どれだけこの機材を遠ざけ、蔑み、軽視してきただろう。うちの相方はジャニーズ三昧の人なので、毎日飽きずにジャニ番組をフォローして観ているのだが、僕は正直これまであまりテレビの番組を好ましいと思っていなかった。しかし、ここ数週間あまりに毎日コロナネタばかりフォローしていたがために、僕の脳はコロナ不安が常駐する緊急時モードに移行してしまい、それによって毎日食欲が減り贅肉もどんどんなくなってきてしまっている。

で、今日は何をしたかというと、つまりずっと日テレの番組を観続けたのだ。6〜7時間ぐらい観たんじゃないかな?すると不思議な事に、テレビ番組を観ている間は不安なこの気持ちが消える。笑ったりすると、余計調子が良く感じる。世界はまだ壊れていないんだな、と冷静に振り返ることができる。こんな効用がテレビ番組にあるなんて思わなかった。

前も書いたが、僕には現実よりも妄想世界の方をよりリアルに感じてしまう謎の性質がある。例えば高い吊り橋を渡ろうとすると、「ここから落ちたらどうなるの?」とイメージしてしまい一歩も進めなくなるような。僕は昔からそういう子どもだった。それでも知識が増え、「これだけ補強も安全装置もある吊り橋が切れるわけないじゃないか」「みんな簡単に渡ってるじゃないか」という理科的な知識による正イメージが負イメージを逆転するようになり、僕は大抵の吊り橋は大して怖くないものだと思うようになった。

さて現下の状況。こういう状況だと、まず僕の妄想は加速する。街を歩いている人が全てコロナ感染者に思えてくる。とまではいかないが、でも視界に入る人々の中で普通に一人二人はいそうだな、と思ってしまう。そして、色々なケースの情報がなまじ入っているだけに、「でも定義によるけど、普通に話してるだけで感染るんだったらそれは空気感染だよな」と考えてしまう。そして、この直感的な思い込みを矯正してくれる科学的な知見は今のところない。なので苦しい。周りの人全てが僕のような超保守的チキン安全思考なわけではないから、「義家族がどこかで拾ってきたらどうしよう」とか考え始めて、それが暴走し始めると結構キツくなってしまう。それが今日も数回あった。ちょっとした発作だ。仕方がないので、相方に正直に話して、涙と一緒に流してしまう事にした。なのでここ数日、毎日のように泣いている。

多分、僕は他の人よりも生まれつきサバイバル本能が強いのだと思う。この仮説で検証すると肯けることが小さい頃からたくさんあった。そして現況のような状況では、尚更それが強く出てしまうのだと思う。でも夕方買い物から帰ってきた義両親はいつも通り元気そうだったし、義弟も風邪っぽくはあるものの普通に過ごしているし、窓を開ければ空は晴れているし、変わらず太陽は回っているし、いつか昔の中国であった杞憂の故事のように、僕は某杞のようにずっと空が落ちてくることを恐れていたのだ。つまり僕も周囲の人も今のところ健康で、僕の心配は杞憂に過ぎなかった。少なくとも今日のところは。

ヨガ、なかなかいい感じだ。首肩こりはほぼ解消し、あとはアゴのアライメントと上部頸椎の歪みが揃ってさえくれれば、次のステージに進めると思う。毎日体と会話するのは楽しい。次は呼吸法の練習に進もうかと思っている。

4/4(土)僕的「アフターコロナへのロードマップ」

ここ数週間、事態が流動的なので沢山情報収集をしていたけど、向こう数週間の生活が固定的になりそうなので、少し意図的にSNSやニュースソースから距離を置き、かつヨガや有酸素運動を励行して、心身の解毒をしようと思っている。(311の時も危機感から色々調べて勝手に心配していたけど、後から振り返れば無駄が多かったし、危機が去ってしまえばガイガーカウンターもベクレルもシーベルトも全く不要な知識になってしまった)
全くの門外漢かつ素人だが、僕が今分かっている範囲での、多分こうなるだろうアフターコロナへのロードマップがこれ:
①感染増加カーブをなるべく平坦にすべく、各国がロックダウンあるいはそれに準じた対策で新規感染者を抑制する
 ↓
②重症化とそれに伴う死亡例を回避するため、治療薬を既存のものから探す(例:アビガン、オルベスコ、ヒドロキシクロロキン)
 ↓
③治療薬と対処法の改善により、とりあえず「早期に治療を始めれば致命的にはならない」感染症になる(〜数ヶ月?)
 ↓
④大規模な抗体検査により、既感染の抗体保持者と未感染の高リスク者に選別され、抗体保持者から社会活動に復帰する(ロックダウン解除)
 ↓
⑤最終的にワクチンが開発され、急速に終息に向かう(1年〜?)
なので、今多分①と②の中間あたりにいる我々としては、自分と周囲の人が感染しないよう最大限に努力しつつ(といっても外出制限と手洗いくらいしか出来ない)、③の段階に至るまでサバイバルしないといけない。
こういう時は、
 「自分がコントロールできる範囲」
 「他人がコントロールする範囲」
 「神の領域(人間のコントロールを超えた領域)」
の3つに分けるとストレス軽減が図れる。つまり、①〜⑤の全てが、国家政府なり医療機関なり製薬関係の仕事で、一市民に出来ることは何もない。医療リソースに負荷をかけないようにして、大人しくしているしかない。
僕は向こう数週間、[政府発表]と[参考情報としての新規感染者数]、そして[”game changer”としての新薬情報(アビガン、悪くないかもね)]をフォローする以外は細かい記事は読まない事にした。最前線で起きていることは非常に悲しむべきことだが、しかし最前線の惨状を知ることが自分の心身の健康保持、ひいては免疫強化に繋がるとは到底思えない。これは現実逃避ではない。自分と家族の健康は、自らの力で保持する必要がある。
不安の多い中、分からないことは分からないままで放っておく強さが僕には足りない。頑張ろうっと。

4/3(金)突然の(セミ)ロックダウン宣言

それは突然の出来事だった。「今日16時から首相が国民に呼びかけます」というメッセージがStraits Timesから来た。あまりに突然なのと、時間が4時と中途半端だったので「一体何を発表するのだろう」と訝りつつネット中継を聞き始めたら、何と来週火曜日から最低限必要な業種以外の職場は全てクローズ、全国民は1ヶ月間なるべく家から外出しないようにとのこと。つまり海外からの来訪者をほぼシャットアウトしているシンガポールがついに(セミ)ロックダウンに入るということだ。

僕個人としては、毎日増え続ける感染者数、特にその中でもリンクが追えていないアンリンクトケースが増えている印象があったので、政府は少しずつ対策を引き上げていくと言明していたが大丈夫かしらとずっと感じていた。もう街中を歩き回るのは危険な印象があったので、僕らは先々週くらいからバスにもMRTにも乗っていない。近場の珈琲屋に行くのだって、人が少なそうな道を選んでわざわざ30分かけて歩いて行って、(僕だけ)ややビクビクしながらTeh Cを頼んで帰ってきていたものだ。そして昨日、家の近くを通るバスの運転手が感染したという話を聞いて、まずいな、なんかしてくれないかなとヤキモキしていたのだ。

それにしても、あの李光耀夫妻の長男にしてずっとエリートコースを歩んできたLHLのリーダーシップの鮮やかたるや。スピーチの中で、「国民の生命を守るためによりドラスティックな対策をとる事にした」という件に触れた時、僕は思わず涙ぐんでしまった。このコロナ危機に関しては、シンガポールはことの最初から一貫して、迅速かつ適切な情報公開を行い、少なくとも情報がなくて国民が不安に陥るようなことはない印象がある。ここでロックダウンをやってくれるのは、個人的にも嬉しい。少なくとも感染状況は今より悪化することはなくなるだろう。1ヶ月という当初の設定も適切だと思う。

このニュースが出された4時以降、政府のより具体的な対策について次々と発表があった。義家族は、自分たちの仕事がEssentialなものでまた来週から仕事に行かなければならないものと思い込んでいるが、僕の感覚ではこの対策は限りなく厳格なロックダウンに近いものだ。本当に最低限必要な職種以外はずっと家に待機しなければならなくなるだろう。でも少なくとも、日々の生活における安全を高めるという意味においては、この対策は歓迎すべきものだと思っている。僕と相方はもう2週間ぐらい前から自己セミロックダウン生活を送っているので。

お昼はGrabでいつも行っている珈琲屋から出前を取った。家で相方とTeh C、Yuanyangが飲めるのは実に嬉しいことだ。お昼は義母の手作り晩飯。いつも美味しくて塩分少なめ、かつタンパク質たっぷりのご飯を食べさせてもらっている。本当にありがたい。彼女には他のことも含め、感謝しても感謝しきれない。色々な不安はあるけれど、自分が置かれているこの幸運な境遇に感謝しないとバチが当たるだろう。

金曜日なのでとりあえずWorking daysはひと段落。週末は相方とのんびり過ごそうと思う。多分外出はしないで。

4/1(水)

今日も体調はまずまず。毎日鼻が両方通っているのがこれほど爽快だとは思わなかった。頸椎のアライメント調整と鼻うがいの賜物だろう。

平常心を保つ、ということを考えている。相方は平常心を保つプロだ。つまり、ジャニ動画さえ見ていればメンタルが安定する。僕は近頃薬の記事ばかり読んで早く治療薬の治験が終わって市場にリリースして欲しいと願いながら日々を過ごしている。具体的にはアビガンだ。

今日のお昼はGrab Foodで近くの某チキンセットを注文してみた。配送料が3.7$かかる以外は店頭と全く変わらない値段で家まで熱々の食事を届けてくれる。正直なところ、毎日昼飯を買いに出るたびにちょっとした気疲れがあって、出かける前後に手を洗ったりシャワー浴びたり少し面倒だったのだが、Grabなら普通に玄関のドアまでもってきてくれる。流石に毎日利用するほどではないが、多分週に2回ぐらいは利用しても良いのではないかと思った。今日は運動こそしてないが、昼寝もちゃんとして、晩飯は近所のホーカーでビーフンヌードルと鳥揚げご飯を食べた。その後、定例通り近くのモールまで散歩してTeh Cを飲む。だいぶこの日課にも慣れてきた。

世界は毎日急激に動いている。世界というか各国政府だ。ついに日本もシンガポールを含む多くの国からの来訪者を締め出す方向に動いた。4/3を以って、14日以内に指定する数十カ国に滞在していた外国人は日本に入国できなくなる。この措置は4月いっぱい続くそうだ。はっきりと宣言していないが、これも一種のロックダウンではあり、すでにシンガポールを含め多くの国で似たような水際対策は行われている。

まだまだこの長いトンネルは始まったばかりだ。気を引き締めて、でも疲れ果てないように対応していきたい。

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