僕のコロナ戦記5月分

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5/28(木)夢見る中年じゃいられない

毎日仕事が輻輳している。次から次へと案件が舞い込む。少し前までウダウダしていた頃とはまるで別人のようだ。

今日の分析では、僕が持っているストレス源は大きく3つに分けられることが分かった。つまり、コロナ問題、仕事問題、金銭問題。以前は夢見る中年として仕事問題と金銭問題でだいぶ追い詰められていたのが、ここに来てコロナでバーンと弾けて、そして僕はパニックに陥った。3〜4月は本当に酷かった。しかしそこから立て直し、何とかこの1ヶ月で金銭問題には僅かながら改善の兆しが見えた。日本に戻れば、出来る範囲で(外出はなるべく避けたい)今度は仕事を探さないといけないと思っている。勿論夢は夢としてきちんとあるのだけれど、もう一つの前代未聞の大問題、コロナ問題が終局を迎えるまで、僕らは日本でサバイバルしないといけない。というか、僕には相方を保護し協力して生き抜く大事な使命がある。体面がどうとか何とか言ってられない。なりふり構わず、でも安全にこのコロナ期を共に生き抜きたい。そのためにまずは求職をしないといけない。大丈夫、何とかなるさ。僕を必要としてくれる人は世界にこんなにたくさんいる。東京でそれが一つも見つからないわけがない。

そう考えると、この三つのストレスも何とかコントロールできそうな気がしてきた。こういう考え方になってきたのも、ようやく当地での生活の終わりが見えてきて、不安定な中にも安定の兆しが見えてきた(ような気がする)からだ。コロナが怖いからっていつまでも家に閉じこもっているわけにもいかない。自然界は大変だけど、人間界には人間界の決まりがある。僕らは人間界の住民なのだから、やはりそこのルールでやっていくしかない。

この数ヶ月、当地にいて僕の忍耐能力はとても向上した。同時に、泣くことで心のゴミを搬出するスキルも身に付けた。肩こりはなくなり骨格は改善し、体重も減少し、本当に別な人間に生まれ変わったような気分がしている。そして、人生を継続しないといけないこと、一生働き続けたいと願うこと、相方と二人でささやかでも自分達の夢を実現すること。そういった諸々を、このCB生活が僕に与えてくれた。与えてくれた、としか表現しようがない。とても辛い時間だったけど、僕はそう前向きに捉えるようにしている。

相変わらず心の波は激しいけれど、これは僕が新しい自分に成長しようとするため、古い殻を脱ぎ捨てるプロセスだから仕方がない。二人ならやれると信じている。僕も、相方も。

5/27(水)コロナ下の成長

僕は、自分は釣り師になったのだと今考えている。昔は与えられた畑をただ黙々と耕し、時間には畑を離れ、そして同じ畑で働く他の作業員と触れ合い、時に文句を言い、陰口を叩き、報酬として与えられる作物にただ黙って感謝する農夫でしかなかった。そして、前の会社から離れることでその農夫気質から卒業したと思っていたが違った。僕はいつまでも、平穏な畑の生活を懐かしがっていた。そして今回、このコロナが来た。

僕は物理的に農夫生活に戻ることが難しくなった。この状況でやれることは、オンラインの釣りである。幸いなことに、僕には余人に代えがたい優れたスキルがあった。過去10年以上に渡り磨いてきたこのスキル。ほんの小さな明かりだったけど、僕の努力によって少しずつ成果が出始めている。これは、相方に言わせると普通に言われてできる事ではないという。やはり僕が持っている力だ。

前のエントリにも書いたが、僕は今まで、自分の作り上げた不合理な神に支配されている部分があった。これをジンクスと呼ぶか迷信と呼ぶかは人それぞれだが、僕はいつも自分の中の不合理な神に取引を持ちかけ、そして失敗ばかりしていた。当たり前である。その神は僕の中にしか存在しないのだから。

今なら分かる。昔の僕は、自分に降りかかる不合理を正当化するために、そんな不合理な神を内面に作り出さなければならないくらい追い込まれていたのだと。そして、本来自分が持っている能力によって得られた成果まで、その歪んだ神の恩恵として取引が成功したのだと思い込んでいたのだと。

神がいるかどうかはいまだ分からない。でも僕をここまで連れてきたのは、紛れもない僕本人なのだと思っている。生きることは信じること。相方は非日本人なので、僕とは全く違う「信仰体系」を持っている。僕はその力強く前向きで健康なあり方に強く心惹かれている。僕もああいう健康な信念を持ちたいと強く願っている。

僕がこのコロナで学んだことのもう一つがそれだ。

連日、仕事が輻輳している。けれど、こうして楽しみながらお金が稼げて無駄な心配を消し去れるのは本当にありがたい。かつて僕が敬愛する銀座のシュリーマンが僕にこう言った。「ダラダラするなんて考えられない。少しでもお金を稼いでいなかったら、気が変になってしまいますよ」と。正直、あれだけ資産と年収がある90代の人からそんな言葉を聞くとは思わなかった。欲望が強い人なのかな、ともその時は思った。でも違う。今思うのは、もしかすると人間の生き甲斐や心身の健康は、貯金や収入の多寡ではなく、より広い意味で「働き続ける」ところにあるのではないかと。そして、その働き続ける場を、一時的であれ僕らの多くはコロナに奪われている。でも幸い、僕は相方の助言から自力でそれを取り戻した。このことは僕が死ぬまで忘れない一つの大事な教訓だと思っている。

5/26(火)苦しみの果ての光景

もうしばらく日記を書いていなかった。表面上の理由は、仕事が忙しくなって以前のようにウダウダ言っている時間が純粋に減少したからだ。次から次へと依頼が舞い込む。決して大きな金額ではないが、それでも今の僕にはありがたいことばかりだ。それを次から次へとこなしているうちに数日が過ぎた。

今回のCBで、僕の心は本当に崖っぷちまで追い込まれた。もちろん、こういう世界的な状況だから、皆置かれている状況は違っても何らかの閉塞感に苦しんでいる人が大多数だったろう。不思議なことに今日本も含め世界が経済再開、自粛緩和の機運に包まれていて、もうコロナがどこか隠れてしまったかのような錯覚すら覚える。本当はそんなことはなくて、まだまだこれからなのだけれど。以前の僕は、自分を限界まで追い込んでみれば新しい悟りが生まれて色々な苦しみに免疫がつくのではないかと漠然と希望していた。でも今回の追い込まれっぷりは本当に限界ギリギリだった。こんなことを繰り返していたら単純に心身が保たない。相方には本当に助けられた。

いくつか今回の件で教訓が得られた。それを一つ一つ列記しておこう。
・心配事の9割は起きない。
・どれだけ心配しても、現実は変わらない。むしろ悪化する。行動だけが現実を変える。
・人生は釣りのようなもので、アタックが大事。餌をまくこと。種を植えること。
・今日一日だけを生きる。目覚めから眠りまで、どれだけ自分の気持ちをコンスタントに明るく整えるか。希望を持つこと。どんな状況にだって希望はある。僕らには絶望している暇なんてない。

そして、これまで僕をいつも悪い方向に引っ張っていた、この破滅不安、絶望感の正体についてずっと考えている。僕はこの絶望感に突き動かされて今までいつも悪い選択ばかりしてきた。でも、幸い若さと表面上のスペックで乗り越えてくることが出来た。過去10年間の日本生活は、そうした僕の苦闘の歴史でもあり、決して自分の生存力に自信がないわけじゃない。

ここ数日、本当に少しずつだけど自分の気分をコントロール出来そうな感覚がある。これを忘れずに大事にしたいものだ。

5/20(水)サイは投げられた

今日はここ数日では一番のビッグニュースがある。僕の当地での滞在ビザが延長された。喜ばしいことだ。

5/18(月)僕には希望しかない

今回のコロナの一件で身に染みて痛感していること、それはうちの相方は不確実性にとても強いということ。そして僕は不確実性の高いイベントについては本当に弱い。色々な要素を一時に考えようとしてしまい、変数が大きすぎて計算がパンクするのだ。ある意味理系というのか、頭が良すぎるというのか。もちろん悪い意味で。

そんな彼女がいつもいう。「私たちには希望しかない」と。「絶望してるヒマなんかない」ともいう。正直美しいと思う。今の状況では僕にはとてもそんなことは言えない。僕はというと、人生のうち実に多くの時間を絶望とその癒しに費やしてきた。これに費やした時間と逸失した機会費用は半端じゃない。もちろん頭ではその作業に意味がないことは知っている。しかし僕にとって、ネガティブサイドに落ち込むことはクスリのようなものなのだ。わかっちゃいるけどやめられない。一時期は本当に絶望中毒だった。ようやく回復してきたけど。。。

…と考えてみると、少し物事の構造が見えてきた。つまり、クスリに走ってしまう人と同じように、絶望する人(鬱になる人)にはpreconditions(既往歴)が存在する。その「弱っている部分」を補うために、ある種の快感を覚える「絶望感」「鬱感」にのめり込む。そこには全く何一ついいことなんてないのに、分かってはいるのに捉われてしまう。そしていつかそこから抜け出せなくなる。大鬱の完成だ。多分、鬱になれば向き合わなくて済むなんらかの利益があるのだろう。クスリ中毒の人が、クスリを使えば向き合わなくてすむなんらかの利益があるように。

今僕らが向き合っているコロナ問題に比べれば本当にちっぽけなものだけど、小さい頃の僕には色々な問題があった。その問題の解決法は大抵なく、僕はいつでも自分一人の心の中でそれを抱え込むしかなかった。家庭では理想的な長男を演じさせられ、学校ではいつもトラブルばかりだった。…というストーリー!このストーリーが僕を苦しめるのだ。
話を戻そう。つまり、薬物中毒者にとってクスリに逃げることが何一つ解決策にならないどころか事態を悪化させるだけであるように、僕のような絶望鬱中毒者にとって絶望に逃げることは何一つ解決策にならない。絶望を繰り返すことは事態を悪化させるだけである。

アルコール中毒の人が立ち直るためには、その一日だけでいいからアルコールを一滴も飲まない、「その一日だけ」が死ぬまで求められる。僕の絶望もこのアプローチが有効なのではないか?つまり、ストーリーからの脱却、健康的に依存できるものの発見、アルコールアノニマス的な12のステップ…

そう、僕にはもう希望しかないのだ。

僕には希望しかない
僕は他の人より明晰な頭脳を持っている
僕は他の人より健康な肉体を持っている
僕は他の人より目立つ容姿をしている
僕は他の誰より面白い経歴を持っている
僕は他の人より優しく素直な心を持っている
僕は他の誰より僕を愛してくれる妻がいる

もう僕には希望しかない
だって絶望は無駄だから
顔を洗って自分をごらん
そこにいるのは希望しかない僕
Just smile

世界はマネーゲームだ
用心は大事だけど杞憂は無用だ
限りある人生で限りなく夢を叶える
だって僕には希望しかない

思い出してごらん
これまで自分が叶えてきた夢の数々を
それを実現した自分の信念を
それはジンクスでも偽りの神でもない
生きることは信じること
100%本気で信じ込むこと

そう 僕にはもう希望しかない

 

5/16・17(土日)日記が途切れた理由

僕は先週の後半、とても忙しい思いをした。ほとんどが仕事がらみで、とてもタフな翻訳案件がいくつも舞い込んだ。でも、この忙しい感覚は嫌いじゃない。前職の時を彷彿とさせる数日だった。そして、このシュールな日常なりに忙しさが戻ってくると、僕の精神はCB一色で閉じ込められていた先月に比べてにわかに何かを取り戻す。そして、僕がこの日記に吐き出さなければならない不安や憂慮が少し減ったのだった。それが、この日記が途切れたメインの理由だ。決して悪いことではない。金もそれなりに稼げたので、少し不安は減った。やれば結果は出るんだと思った。厳しい環境の中での、新たな学びでもある。

もう一つ、サブの理由を述べよう。僕が当地に来た時は本当に楽観的な見通しだった。「シンガポールで数ヶ月情勢を観察すれば落ち着くだろう」というのがそれだ。まあある意味、当地に数ヶ月過ごすうちに情勢は落ち着くといえば落ち着いては来た。フランスやイタリアではロックダウンが解除され、いわゆるNew Normalな生活が試行錯誤のうちに開始されている。シンガポールもこのままいけば6月に入ってCB解除の予定だ。日本だって、39都道府県で緊急事態宣言が解除になり、確かに数字の上では一時期に比べてかなり新規件数は減った。欧米からの帰国者による輸入例をようやく乗り切った感が強い。東京はもう少し解除まで時間がかかりそうだが、それもいずれ時間の問題だろう。
となると、僕らもいつまでも当地に居られるわけではないので(特にビザ関係)、時期を見て日本に帰る準備をしなければならない。これが、僕が以前のように泣いたり喚いたり落ち込んだりしていられなくなりつつあるもう一つの切実な理由だ。ここ数週間ワクチンの開発経緯をそれなりにフォローしてきたが、どうやらこれはあと数ヶ月でカタがつく問題ではないらしい。多分最短で今年いっぱい、普通に行って来年上半期、悪くすると来年いっぱい、このコロナ問題の終息=ワクチンによる集団免疫の確立に時間がかかるのだろうという見通しに行き着いた。
トランプはOperation Warp Speedで年内にアメリカ国民全員に接種する、と豪語しているが果たしてどうか。そして、日本にせよシンガポールにせよ実際に僕らが接種を受けられるようになるのはそれより後になるだろう。もちろん、コロナの「収束」自体はそれより早い。今の状況は一つの収束といえなくない。しかし、収束したあとも例えば今年の2~3月のように、コロナの不穏な気配を感じながら日々をサバイブするnew normは続く。いくつか波が来て、そしてやがて収束する。ちょうど今は第一波の波が収まった時期に当たるだろう。僕らは次の波に備えなければならない。

東京に戻る。それはちょっと前には少し考え難いことだったが、今こそちゃんとそれを考えなければならない。時期を見て出来るだけ安全なフライトで、出来るだけ安全に成田に飛びそのまま家に戻らないといけない。これもある種大仕事ではあるけれど、でも僕らのオペレーション的にはそんなに難しいことではないー今までだって、ずっと同じようなフライトをたくさん繰り返して来たのだ。今回違うのは、空港到着後に検疫が少し面倒なのと、家まで公共交通機関を使うことが禁じられていることだけ。それだっていろいろ調べた限りではまあなんとかなる。手段はないわけじゃない。

またあの部屋に戻って、できる限りオンラインで稼げる算段をしながら、相方に朝昼晩健康的な食事を届けてあげる。しかもなるべく家から出ないようにして。まるで何かのゲームみたいだ。そして、僕はそういうゲームを近日中に開始しないといけない。そう考えると、不思議なことにアドレナリンみたいな何かが湧いてくるのを感じる。これは性分だ。

週末、基本的にはのんびり過ごしたが土曜日は翻訳案件の残りがあったので結構忙しかった。あと余計に取ってしまった案件(タイヤもの)に予想外に手間がかかってストレスだった。今度からはファイルフォーマットはきちんと事前確認してから仕事を取ろう。という自分的に少し苦い教訓。

フォレストガンプとNetflixオリジナル映画(Thorをやっている彼のもの)を見た。相方も飽きるかなと思ったけど名作はそれなりにいいもので、きちんと最後まで見れた。特筆すべきことはそれくらいの、CB6週間目の週末。

5/13(水)A hard day’s night

一日ゆっくり過ごした次の日の午前中はいつも憂鬱になる。休みの間考えないようにしていたよもやまごとが一気に襲ってくる。これは会社員時代からの悪い癖で、週明けや休み明けに懸念事項を一回おさらいしないと、その週何か悪いことが起きる気がしてくる。そう、またジンクスだ。僕の生活様式は自分独自のジンクスに酷く毒されている。まあ、少なくともそこに気付いたので、あとは直していくしかないのだけれど。

朝は茹で卵に大判焼き、お昼はGrabで以前注文した台湾飯を再度注文。黒い牛肉がなかなかうまい。最近コメを食べ過ぎるからか体臭が強くなったので、コメを減らそうとしたのだけれど結局お昼は腹が減っているので全部平らげてしまう。考えないようにはしているけど、僕の体調だってそれなりに不安要素だ。この状況にあっては満足に健康診断すら行けない。せいぜい健康的な生活を送るように気をつけないと行けないので、少なくともお酒は飲まないようにしている。ご飯も減らしたいのだが、ここにいると嬉しいことにそうも行かない。まあこうなればもはやLet it beである。この世で僕がコントロールできることは本当に少ない。あとは全部、彼らの仕事か神様の仕事だ。僕が気にしても仕方がない。

今日は結構仕事が舞い込んだ日だったが、夕方になって突然の大型案件が。夜中までに仕上げなければならない翻訳ものだ。なんとなく会社時代を思い出す。もちろん、最終形はきちんと見えているし、個人的に興味もある分野だから何も問題ない。とは言いつつ、夕方からキッズが来襲し、しかも飯の時間がずれたので糖分が足りなくなって実に難儀した。相方にも手伝ってもらって、やっとのことで納品したらもう23時半。でもあれだな、久しぶりに何も余計なコロナのことを考えないで目の前の仕事に集中できた気がする。その後の睡眠はあまり質の良いものではなかったけれど、少なくとも一つの達成感、充実感は感じることが出来て良かった。やっぱり人間、働いていないと死んだも同然なんだなと再び強く思う。

そういえばiPhone SEを買おうかと思ったのでApple Storeに連絡したのだけど、やっぱり電話でも免税購入は出来ないらしい。まあそうだよね、今時期にTax-freeで買い物するような人が当地にいるわけがないもの。やっぱり僕はこの地に紛れ込んでしまったbugみたいな存在なんだな、との思いを新たにした。

5/12(火)相方の誕生日

僕はもう10年以上、相方の誕生日をいつも一緒に祝ってきた。出張で忙しい時でも、なるべくこの誕生日に家にいることは死守しようと頑張って、いつも綺麗なお花を買って、その時々で気に入ったケーキを買って、二人でささやかながら楽しく過ごすのが彼女の誕生日の約束事だった。それなのに今年はCOVIDのせいで、僕らはこの小部屋に閉じ込められている。

今朝は携帯の目覚ましのスイッチを切っておいた。そして、9時ぐらいにのんびり目を覚ました。そしたら立て続けにデリバリーのベルが鳴った。彼女の誕生日をよく知る中学校からの親友たちが、一人はスターバックスのドリンクにマフィンとケーキ、もう一人は韓国焼酎二本にチップス類を箱に詰めて送ってきてくれたのだ。僕は今年は何も出来ないので本当に嬉しかった。いや、本当に何も出来ないのだろうか?何も出来ないフリをしているだけじゃないのか。僕には分からない。一つだけわかっているのは、このCB期間中僕らは一回もこの家から出ていないということだけ。

午前中、相方がICAにまた連絡してくれて、期限切れ1週間でまた再申請してとのことだった。あまり早いとリジェクトされかねないらしい。そして、僕も昨日突然成立した翻訳案件をささっと終わらせて納品完了、そしてようやく楽しいバースデーが始まったわけだ。

お昼はA-Oneの弁当セットをデリバリーしてもらう。スープ付きで実に美味しかった。その後、映画を二本見た。一本目は「セルフレス」という映画で、何年か前に見た余命わずかなお金持ちが意識を他人に移してもらって色々ある映画。正直、今みたいな「死の恐怖」が僕の世界を覆っている時に見てもあまり響いてこない映画なんだけど、相方は前回見たときのことを全く覚えてないらしく、結構楽しんで見ているようだった。僕はというとそんなに。やっぱり少し設定に難がある映画だなと感じた。もう一本はグリンチ、なんとなく面白くなさそうな印象があったから見なかったんだけど、改めて見ると、主人公のグリンチはほぼグルーと似たようなイメージで、最後にパーティに招かれるシーンだけじーんときたけど、それ以外はどうってことがない感じの映画だった。とか言うと怒られちゃうかな。

そして夜、義母飯をやや控えめに食べた後、ライチケーキにポテチ、韓国焼酎でささやかな宴会をやった。僕はほぼ1ヶ月ぶりに飲むお酒だったので最初こそ嬉しい気がしたけど、でもロックダウンな状況で飲んでもあんまり酔えなかった。それに悪酔いすると普段やっとのことで抑えているものが噴出しそうだったので、普通にグラス一杯で止めて置いた。賢明だ。

その後、マツコの知らない世界から恋つづ最終話へと怒涛のTBS。ついにネタがなくなったので、来週からはガッキーの逃げ恥を再放送し始めるらしい。そんなこんなでダラダラして寝た。

5/11(月)今の僕に出来ること

僕には昔から奇妙な癖があって、というよりこれはもう人格分裂の域に達しているのだけど、「とある僕」は他人の気持ちなんて全く考えずにむしろ逆撫でするぐらいの勢いで平気で自分勝手なことをするのに、あとで落ち着くと「違う僕」が人並みに自分がどう思われているのかを密かに心配する、という二面性を持っている。この二面性が、時々僕に悪さをする。

5/10(日)母の日

ここ数日の僕はまるでこれまでとは別人のようだ。理由は分かる。今持っているビザの期限が見えてきたこと、その延長がどうなるか不明であること、もし延長できないのであれば日本に帰らなければならないこと、といった不安要素がたくさん増えてきたからだ。
僕はそもそも、滞在できる限り当地にいて、何か画期的な治療法が出来たりワクチンが開発されたりしてある程度の安全性の見極めが出来てから日本に帰りたいと思っていた。しかし、状況によってはそれより先に帰らなければならなくなるかもしれない。僕一人なら別にいいが、相方はなるべく安全なところで庇護されて日々を過ごして欲しい。今のところ、シンガポールならそれが出来ている。気がする。少なくともこっちに来てから2ヶ月強、そしてCBに入ってから1ヶ月で安全な毎日の暮らしを確保できている実感がある。それをまた崩すのが本当に嫌だ。
そして、今更ながらこんな目に合わなければならない現在の状況に対して抵抗したい気持ちが湧いてくる。僕のこの苦しみの原因は、現実のありのままの姿を受け入れられない自分の考え方にある。それは知っているけど、少なくとも自分の心の中で受け入れれば苦しみは減るのかもしれないけれど、それとあくまで自分たちの安全を図るという働きかけは全く別なものではないのだろうか。という抵抗が、いまだに僕の中で渦巻いている。それはテレビ番組を観ても続いている。つまり、「何でこうなっちゃったんだろう」というのと、「昔みたいに自由な生活が早く戻らないか」ということ。まあ、考えても願っても泣いても何しても無駄なことはわかっているんだけど。無駄なら止めればいいのか。

どこかの時点で、新しい生活に慣れなければいけない自分がいるんだろうな。ノーリスクはもう有り得ない世の中なので、出来る限りローリスクなことをして、それでもし当たっちゃったら仕方ない、みたいな。もともとこの世界には、少なくとも自然界にはノーリスクで100%安全なことなんか何一つない。
僕らは人間界にいて、文明と叡智の力で大きな病気にかかることなく飢えに苦しむことなく健康で文化的な生活を営むことが保証され、このまま何の問題もなく好きな人と一緒に老いていけるものだと思い込んでいた。でも今、自然界が僕らの世界に対して挑戦を叩きつけている。もちろん、中期的にはこの挑戦はいずれ叩きのめされるだろう。人間の歴史で、克服されなかった大きな感染症はそれほどないのだから。問題は、僕らがその終末までどうやって自分たちの身を安全に保って生き残ることが出来るのか。もちろん、僕だって生き残ることを信じていないわけではない。生きることは信じることであることは知っている。でも、その方法論について、良く寝て人を避けてたくさん手を洗いましょうだけでは何とも心細いのだ。現状ではそれしかやりようがないことは分かってはいるのだけど。

この手の思考は本当に心のエネルギーを消耗して、そして何一つ生産性がない。無駄の極みなのだけれど、僕は今までこういうグルグル思考にずっと心を縛られてきた。これを止めなければ僕に未来はない。最低限の不安や準備、対策は必要だけど、それさえちゃんと出来ていれば、必要以上に心労を加える必要はないのだ。

5/7(木)精神的にキツい

今日はここ何週間かで一番落ち込んだ日だった。というより、落ち込めるだけの余裕が出てきたというか。

僕の今の状態は実に宙ぶらりんで不安定要素しかない。他の人に比べれば一見恵まれた環境にいることは理解しているが、それだって期間限定で、いつまでこうしていられるか分かったものじゃない。今日は会社のHPを色々いじっていたのだが、自分がやりたいことを落とし込むのがHP作成作業だとすると、僕はそれをあれこれ考えていて、ふと今のこの不自由な状況と引き比べてしまった。そうしたら涙が止まらなくなってしまって、独りで声を殺しながら泣いた。悔しい。今の状況がとても悔しい。もっと自由に、色々な人と仕事が出来るはずだった。少しずつでいいから、今年から新しいベンチャーとして収入が増えて楽しい生活が始まるはずだった。でもそれが全てコロナのせいでこんなことになっている。僕だけじゃないことは知っている。皆苦しんでいることも知っている。でも、それと僕の今抱えた辛さの強度には何の関連性もない。僕より辛い人がたくさんいるのだから辛く思うことは止めよ、と言われてもそれは暴論だ。診察もしないで「お前より重い病気になっている人は世界にたくさんいるのだから、家に帰って勝手に休め」としか言ってくれない病院みたいなもんだ。

精神的にキツいもう一つの要素は、今まで定期的にチェックしていた治療薬やワクチンの見通しがどんどん不透明になってきている点だ。危機勃発からこれだけ時間が経っているというのに、治療薬候補が片手に余る程度しか、つまり世界中で10もないくらいの治療薬候補しかないというのは、やはり普通に見て治療薬には期待できないと思いたくなってくる。ニュースであれが効いたこれが効いたと言っているのも、本当にそれが効いたのか、はたまた患者個人の免疫でやっつけたのかさっぱり分からない状態だ。そして、ワクチンについても数こそ出揃ってきたが(臨床試験中が10近く、臨床前のものが100以上)メディアの見通しだとやはり12ヶ月以上かかるという。僕は正直そんなに待てない。この状況をあと何週間続けるのか分からないけど、ワクチンがなければウィルスと共存する生活が断続的に続くことになる。New normは本当にクレイジーな世界で、これは今まで見たどんなハリウッド映画よりもリアルでクレイジーな悪夢だ。まさか僕らの世代が生きてる間にこんなことが起きるなんて思いもよらなかった。人災だとか何だとか、そんな小さな事に関係なくこれは現代の悪夢だ。思わず頬をつねりたくなる。

僕には皆の気持ちが分からない。こんな状況でも耐えて、あるいは考えないで、仕事を継続し経済を継続し社会を継続できるその気持ちが分からない。もちろん継続する必要はあるだろう。でもそれは人間界の約束事で、自然界から見ればなかなかの緊急事態であるのに、変わらない毎日を続けることができるその気持ちが分からない。

みたいなことを色々考えていて、そして前の会社を辞めてから今に至る状況を思い出したら、完全にダウンしてしまった。一気に鬱が襲ってきて、それから泣きに入った。もちろん、以前の僕とは違うからいつまでもそれに浸っていることはなかったが、でもその精神的ダメージは大きかった。

朝は茹で卵にトーシャーピン、お昼は義母お手製お粥。夕方はチキン炊き込みご飯。ヨーグルトとビタジャンに、少しスナックを食べた。夜はHP作成を10時頃まで続け、その後ケンミンショーを観て寝る。

5/6(水)hump day

どうやら今日でシンガポールがCircuit Breakerに突入してから丸1ヶ月になるらしい。その間僕らはというと、一回だけ散歩に出た以外は全く家から出ることなく過ごした。Stay Home, Stay safe的価値観から言えば誠に慶賀すべき優等生である。もちろん、その分義両親は何かとお買い物に出てくれているわけだが、仮に「家にいて欲しい」と言ってもどうしても家にいるわけには行かない性分なので、僕らはこの奇妙な平衡状態のままもう1ヶ月を過ごしている。
その間、僕はラジオ体操第一を毎日最低2回は行うようになり、ついには物足りなくなったのであの悪名高いゴリラポーズの第二体操まで追加するようになった。毎朝第一と第二を2回ずつやって、大体15分近くは全身運動をするわけだ。悪くない。一日中窓際にいるので、結構な量の紫外線を日陰で摂取しつつ、時々まとめてメインベッドルームから太陽を浴びにいくことがある。これに、夜行うストレッチとヨガが僕が現在行っている運動の全てで、食事が健康的なのでおかげで体重も落ちてきた。ヨガのおかげで捻れていた体幹もだいぶストレートになってきている。何かと不自由ではあるが、見ようによっては明るい側面もないわけではない。

朝は茹で卵のトーシャーピン、お昼はFun Toastからいつもの黒チキン・カレーチキン弁当にTeh CとYY。本当に定番になってきた。安心して食べられて、値段もそれほどお高くないのが素晴らしい。今日はなぜかUpworkで送ったProposalが全て空振りだったので実に残念だったが、まあそういうこともあるよね。空いた時間はホームページ作成の勉強として、Elementorと新しくAstraテーマを入れて色々いじっていた。途中、相方と会社ロゴの相談をしてとてもクオリティの高いものが出来上がったので良かった。楽しくもあったし。晩飯はスチーム豚に野菜2品、スープ。速攻で平げ、義母にもお礼を言って部屋に戻る。昔のアド街やケンミンショーを見たがなんか今日は盛り上がらない。自分でも分かっているが、このCB軟禁生活に慣れた反面、退屈過ぎてもう嫌になってきた。ニュースも何の進展もないし、毎日の生活も固定的だ。まあ、牢屋に繋がれているようなものだと思うようにしている。将来の展望は何もないが、きちんとご飯が食べられて最低限の体操が出来、多少の気晴らしが許される点もまるで投獄されたかのような生活だ。唯一の救いはいつも相方がそばにいてくれることだけ。

本来、今日はGWの最終日だったらしい。今年は壮大なGaman Weekであったことよ。

5/5(火)これでもこどもの日

今日は少し相方の仕事とっかかりが遅めだったので8時すぎに起床する。朝布団の中でだらだらするのは至福の時だ。幸い、僕はこのコロナ危機に突入してからも夜眠れないということがほとんどないので(相方実家で安心しているのもあると思う)毎日寝覚はまあまあ爽快である。寝る前には「もういくつ寝るとアフターコロナ〜♪」と心の中で歌い、朝起きると「ああ、夢オチみたいに朝起きたら元どおりの世界になると思ったのにやっぱりコロナワールドのままか….」と再確認することを続けている。あまり意味はないのだけれど。

朝は茹で卵とトーシャーピン、お昼が義母がF駅から麺を買ってきてくれた。揚げ物とタロケーキが追加されていて、揚げ物の中に春菊のような野菜が練りこまれて美味い。夕方またキッズ2名が襲来したが華麗にやり過ごし、義母の豪華な4菜ご飯。最近また豪華になってきて凄い。

仕事、ELISAの翻訳を完了し納品。メーカーは夜10時から電話攻勢に転じ、ほぼ全てかけ終わる。やはり西部時間だとギリ間に合わないみたい。そして、COVIDで臨時休業のメーカーもある。これはどうしようもない。少しこれでヤマは越えたかな。

夕方からテレビ。SixTonesが出ていたバナナサンドは結構際どかった。夜8時にあんなランパン動画を放映していいのだろうか。その後風間くんがディズニーを熱く語るマツコに続いて、恋つづ第9話。一回見ているので内容的に新味はないが、何度も鑑賞できるドラマはいいですね。その後0時少し前に就寝。

あと、午後から相方がHubspotでHP作成の動画を見ていて、僕も途中から見させてもらった。そうね、自社HPをもう少し改善しないといけないので、しばらくこの作業やろうかなと思った。ElementorとAstraにHubspotを組み合わせてやるらしい。こういう作業って、このブログもそうだけど一回やると自分なりの財産になるのよね。Wordpressの使い方に関しては僕ももうそれなりになったし。今週以降、翻訳の合間を見てやっていきたい作業になりました。

そんなこんなでこれまでの記事に比べると、なんか仕事関連の内容が増えた今日のエントリ。世界は相変わらずのcrazy worldだけど、僕らに出来ることは元気で生き延びる以外に何もないので、ヒマな時間を仕事で埋めてしまえば確かに余計な不安や心配は減っていくんです。そんな、エアポケットみたいな今日の子どもの日。

5/4(月)そしてため息ばかりが増えていく

今日はいつも通り8時起床。茹で卵を食べてラジオ体操を2回、それからやらなければならない仕事がたくさんあるので早速取り掛かる。翻訳物、メール。お昼はFoodpandaで麺を注文(Keat Hongのホーカー)。久しぶりにコカコーラという飲み物を飲んだが、氷がたくさん溶けてしまって何だか酸っぱいだけの不思議なドリンクになっていた。ガブ飲みで流し込み、午後も継続して翻訳とメール。結構捗ったので良かった。夕方4時台にキッズ2名来襲、相方が色々打ち合わせがあるので静かにしてくれるよう頼みに行く。全くNo privacyだ。でもそこを考えるとストレスが発生するので、考えないようにする。夕飯は4品ご飯でとても豪華だ。キッズNo.2が近寄ってきて唾を吐きかけて去っていった。反応するだけ無駄なので無視する。そう、僕の無視スキルはこのコロナ生活でとみに上昇してきた。どこの国で何万人が亡くなろうが知ったことか。無視しないと自分が病むのである。無視するに限る。色々な細かい心配事も。しかし最近ため息が出るようになってきた。涙の次はため息だ。これが僕の精一杯のストレス軽減。

楽しい夜はテレビで帰れマンデー(秩父の桜)とアド街奥渋谷の回を見る。どちらも知っているようで知らない地域だったので興味深い。最近、テレビを見ながら相方とあれが食べたいこれが食べたいと話すのが好きだ。僕の日常はもうお決まりの飯しか食えなくなっていて、それはそれでとてもありがたいのだけど、40数年生きてきて未曾有の不自由に苛まれているものだから、やはり「いつかこれを食うぞ」的な楽しみは少しでも持っておきたいものだ。

ニュースを見ていたら、トランプとポンペオが「ウィルスが武漢の研究所から流出したというenormous evidenceがある」と言及していた。さすがに人工のものだとはちょっと破天荒過ぎてにわかには信じがたいが、流出はまあ普通にあり得るよね、地理的な状況から見ても。絶対ないとは多分誰にも言えない。仮に人為的なミスで流出したのだとしたら、本当に許しがたいよなとずっと考えていた。おかげで僕ら70億の民はこんな不自由と不安のどん底に落とされている。まあいずれ明らかになることだろうけど、ここまで広まってしまったらもう自然に消えることはない。そう、ワクチンだ。僕は今日もvaccineという単語をgoogleに入力して、ニュース検索で一番若いニュースから順に読んでいる。最近だと各国が金を積んだ話とか、ワクチンはそんな簡単に短期間で出来ないよとか、そんな話ばっかりだ。僕だって、そんな高い効果率のワクチンが短期間で出来るとは思わないが、例えば不完全でも40%ぐらいの奏功率のものが早い段階で出来れば、少しでも集団としての免疫を高める助けにはなると思う。集団免疫が何%になれば上手く行き始めるのか、具体的な数字は多分現段階では誰もわからないのではないかな?少しでもいいから上げていけばいつか止まるんだろうと思うんだ。そんなことを考えて、途中から面倒になったので寝逃げすることにした。寝てしまえば全て忘れることが出来る。寝逃げって素晴らしい。

5/2・3(土日)楽しい週末

週末の土日、この日記は実に短く散漫なものになる。なぜなら、今みたいに世界が膠着状態に陥っている今日この頃でも、僕がいるささやかなこの小部屋にはWeekdayとは比し難い安息が訪れ、有難いことに三食が保証されている中で、朝から晩まで映画やらTVに没入することが出来、何なら少し疲れたら気楽に昼寝してしまえるからだ。昔から「寝逃げ」という言葉は知っているが、最近さらに寝逃げすることの効用を痛感することになった。つまり、起きている時に考えている色々なsxxtなことも、少し昼寝してしまえば雲散霧消してしまう。自分一人で考える込むことで世界が良くなることはあまりない、というか、そもそも自然界的には考えることに何の効力もない、ということを考えた。多分、考えて行動に移したら少しは変わるのだろうと思うのだけど、そもそも現下の我々には行動する自由が許されていない。行動が伴わない思考は無力だ。どうせ無力なら考えずにのんびり過ごすのが楽だ。そういう観点?から、この日記に書く内容もそれほどの密度は伴わなくなってくる。

土曜の朝は茹で卵と大判焼き、昼は義母特製焼きビーフン、夜は2菜メシ。日曜は茹で卵に昼はBangkitのローミー、少しおやつ(義弟のフィアンセから)食べて晩飯は3菜飯。結構豪華で満足だった。食事もこの状況下である程度固定化されてきた。僕には義母に対する感謝の念しかない。

日曜の夕方、のんびり過ごして昼寝して目が覚めたので相方と少し話し込んだ。僕は今までの40数年間、ある程度健康に気をつけて生活していれば普通に長生きして80歳くらいまでは生きられるものだと思い込んでいた。そう、文字通り思い込もうとしていた。思い込まないとそうでないシナリオが発生しかねないからだ。そう、これも一種のジンクスだ。願掛けをすれば取引として成立するのだと。
でも彼女の従兄が癌で亡くなった話、その前後で家族がどういう経験をしてどう変わったかの話を聞いて、何かそういうイベントがあると関係者は皆変わらざるを得ないな、と僕も思う。幸い、僕らは自分の周囲でコロナに感染した人が誰もいないからピンと来ないのだけど、言い古された表現ではあるけどこの人生がいかに儚いものであるのか、自分たちの生存がどれだけ脆弱な基盤の上に保証されたものであったかということを深く考えてしまった。僕らが今こうしている中でも、あまりにあっけなく亡くなっている患者がたくさんいる。どれだけつまらないと思っていても、その一日を過ごせることがどれだけ贅沢であったのか、自分で好きに街中を闊歩できるかつての日常がどれだけ幸福なことであったか。全て、失くしてみて初めて気付くことだった。残念ながら僕より若くして世を去っている人はごまんといるのだ。そういう人から見れば、僕が今こうして生を保っていることすら羨ましく思えるだろう。そして今、僕らこの時代に生を受けた人々は、国籍を一切問わず、この「生温い死の脅威」を等しく味わされている。確率で言えば85%は生き残れるようだが、自分が15%に絶対入らないと自信を持って言える人は、多分ある種のデリカシーが欠落している人だろうと思う。思い込む分には勝手で、時としてそういう思い込みも必要で大事だったりするのだけれど。

この脅威を身を以て体験したり見聞した人々は、やがて危機が去ったら変わらざるを得ないだろうということを僕は確信している。すでに現時点ですら、僕の考え方はどんどん変わってきているのだ。人生って何だろう、何の意味があるのだろうとか呑気に考えているうちに、すでにその終幕が目の前に迫っているのかも知れないのだ。

しかし同時に、僕らが今一時的に失っている自由なアクセス、かつての日常というのは一生戻ってこないものではなく、期限付きで近い将来必ず戻ってくるということも僕は確信している。僕はここ数日ワクチンや治療薬に何の進展もないので正直絶望的な気分を時々味わっていたのだが、短期的にはわからないけど中期的には必ずワクチンが完成し、多少時間がかかってもトップスピードで70億人の人口にワクチンが接種されるようになり、集団免疫が完成しコロナは駆逐される運命にある。時系列的に多少の前後はあるかもしれないが、この流れ自体は間違いない。そこを目指して、船がそこにたどり着くまで僕らはキャビンで大人しく待ち続けること。生存し続けること。生存できることを信じて生きること。つまり、生きることは信じること。またこれだ。でもこれだ。

そんな話をしていたら気がついたら夜7時だった。義家族を大幅に待たせてしまった。急いでご飯を食べ、シャワーを浴びてトムクルーズとキャメロンディアスの「Knight & Day」を観た。なんか最初から前乗りのコメディで、かなり危ないアクションシーンで満載なんだけど全体を覆うコメディ気分が気になって全然スリル感がなかった。終わり方もやや唐突で、ちょっとこれはどうかな?と思った割には、2時間たっぷり楽しめた気もする。まあ、トムクルーズの映画にそんなにハズレはないということで。

5/1(金)Mayday

今日はメーデー、労働者の日である。当地では祝日であるため、義家族は皆家にいる。昨日からまた甥っ子が来て騒がしいったらないのだが、実に人間は慣れる動物であって、最近では声こそ聞こえても全くうるさいとも感じない。まるで動物園でサルか何かが叫び回っている程度の反響しか、僕の内面に及ぼさない。当然、今のこの環境に慣れてきたのもあるし、少しのことでは動じなくなったこともあるだろう。また、4月の1ヶ月をかけて僕は様々な湧き上がってくるストレスを次々に外していくコツをどうやら体得してきた。覚えてしまえば大して難しいことではない。ヒントは、ストレスというのは自分の内面にしか存在しないという点にある。つまり、自分がそのストレスを外してしまえば、他に誰もストレスを感じうる人はいなくなるのである。これはあるいはトラウマにも通じることかもしれない。つまり、心的トラウマというのはそれを主張する自分以外に誰もその存在を感じたり検証することが出来ないものである。それを消したり、外したりするコツが掴めればウソのように雲散霧消してしまうものなのだ。このコロナ戦で僕が一つ学ぶことが出来たとすればまずこれである。Extraordinaryなストレスがかかる時、人はその外し方を覚えないと重さに押し潰されてしまう。”Put it there, if it weighs a ton”である。

朝は茹で卵に包子をいただく(ピザっぽいのとアンコ。最近僕は素朴な餡がとてもすきだ)。お昼は義母が炒めビーフンを作ってくれた。なかなかうまい。椎茸と缶詰の肉と帆立で味付けがしてある。お昼を食べた後少し昼寝しようとしたが失敗し、そのまま2時から毎週恒例のヨガタイム。今日は、先週ほどアクロバティックなポーズもない代わりに、先生の声が少し聞き取りづらくて若干集中を書いてしまった一面がある。後半の30分瞑想は、今日は色を使って体の各部分に意識を集中していくやり方だった。なかなか面白かった。

夕方から、少クラの録画したものはこれまでの編集版再放送で何も面白くないようだった。その後アド街ックの横須賀と銀座の回を観る。銀座・・・もう随分と行っていない。ひどい時は週6で歩き回っていたというのに。一応、Youtubeのライブカメラでリアルタイムの銀座の様子を見ることができるのだけれど、僕が知りたいのは色々な路地裏にあったこの店あの店が元気でいるかどうか。離れれば離れるほど、日本橋・京橋・銀座の大銀座エリアのことが懐かしく思い出されてくる。なんか昔のことを考えるともうたまらなくなる。今のCB生活とのあまりの落差に。

今日は健康的な食事だったけど、その分プロテインが少なかったので寝る前に小腹が減って、ビスケットやらバナナやらヨーグルトやら食べ散らかしてしまった。まあ、1ヶ月前のどうにも差し迫った危険感から来た食欲不振期を考えれば、多少なりとも食欲が出てきているのは良いことではあるのだけれど。

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