【商社時代】もう一人のシュリーマン(その2)

銀座の商社時代
Yet another Schliemann
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前回の記事で、僕が無事「オーナー」の面接に通って、銀座の商社に入社した経緯を書きました。

【商社時代】もう一人のシュリーマン(その1)
僕が高校時代に、ハインリヒ・シュリーマンの半生に強く刺激を受けたことは別稿で書きました。 それを踏まえて、僕がどうして今さら「そうだシュリーマンになろう」と思うようになったのか、その高校時代の情熱を思い出させてくれた、ある人物...

入社後僕が配属された「国際部」と、僕が間近で見たオーナーの日常について述べます。

外国メーカーとの折衝窓口「国際部」

僕が入社した時点で、オーナーのこの貿易商社は創立50年を超える老舗企業でした。全国に10を超える営業拠点を持ち、社員数は200名を超える(うち社長を含め在籍する外国人社員は30名ほど)、中小企業としてはそれなりの大所帯です。本社こそ銀座にありますが、物流や技術セクションの拠点は川崎にあり、結構大きな自社ビルを建設したばかりで全ての貨物は一旦その自社ビルに集約され、そこから全国の拠点に転送される仕組みです。

国際部の仕事

オーナーの会社は、商社としてアメリカ・ヨーロッパの工業用計測機械と産業用ポンプを主に扱う企業です。全国の営業拠点に貼り付けられたセールスマンが優良企業の大口買付を受注してきて、それから海外メーカーに発注をかけ、一定の納期のあと日本に入荷し、次いで客先に納品する完全な無在庫経営です。日本国内に在庫は一切置かない方針でやっていたので、自ずから注文管理、海外配送スケジュールや納期督促等、客先とメーカーの間を取り持つ連携業務が一番の焦点になってきます。

その大事なコミュニケーション、海外メーカーと国内営業(+その向こう側にいる客先)の間を繋ぐ、社内的な花形部署が国際部でした。

僕が入社した時、この国際部のマネージャーは50代アメリカ人(日米のハーフ)、部下が30代のドイツ人とエジプト人の3人構成に加えて、発注書作成やオーダー管理に従事する女性社員3名の6人構成になっていました。基本的に男性陣は英語と日本語が流暢に話せるので(日本人配偶者と結婚し日本に長年住んでいる人ばかり)、営業部から毎日到来する海外メーカー向けのメール翻訳と、オーダー等の管理を日常的に行っています。どちらかというとデスクワークがメインの通常業務です。

久々の日本人男子社員

この部署の仕事は長時間の通訳や長期での海外出張、工場プラント内での長時間拘束等、語学力だけでなく非常に体力を要する業務に耐えねばならないので、会社の方針として日英バイリンガルの若手の外国人男性をメインで採用していました。しかし近年、どうも営業サイドから見ると思うように対応してくれない状況が多くなり、「一人ぐらい日本人の男性社員が欲しい」という強い社内リクエストがあって、たまたま僕がタイミングよく採用された、とこういうわけです。

社長直轄の部署なのでいつも間近

もともとこの国際部を束ねていたのはオーナーの実弟でしたが、彼が定年で退職したのち、このアメリカ人上司が業務を管理していました。何かメーカーとの問題が起きたりすると、オーナーや営業部長と様々な協議を行わなければならないため、国際部は常に社長室の横に位置し、オーナー直轄の部署として日々の業務を行っていたわけです。

そのため、他の部署に比べてオーナーの日常が手に取るように分かり、社長室から漏れる会話や出入りする人の動きで、会社の動向まで分かってしまうという好位置にある部署だったと言えます。

僕から見たオーナーの日常

当時90歳を超えようと(!)していたオーナーですが、頭脳は恐ろしくキレるので会話のスピードも応答も常人以上で、普通に話している分には60代のおじいさんと話しているような錯覚しか覚えませんでした。時々、直近にあったことの記憶が定着しない点を除けばまだまだ現役の経営者然としています。

朝は11時過ぎに出社、社長室に行くまで会社を見て回る

当時、会社があったビルには僕ら国際部の他に営業部が3つ、そして総務や人事が一緒に複数のフロアで入居していました。朝11時を過ぎると運転手さんの車で出社してきて、途中の営業部や国際部の雰囲気をゆっくりと確かめるようにしながら社長室に向かいます。時々、興が向いたときには僕らに話しかけてきて「奴さんは今どこに出張してるのかね」なんて、いなせな江戸言葉でマネージャーの出張先を確認してきたりします。僕以外の社員はなんとなく彼を恐れているようでしたが(若い頃の色々な逸話を知っているため)、僕はいつでも「ふん、クビに出来るもんならクビにしてみやがれ」と開き直って彼に接していました。今思えばそれが却って良かったのかも知れません。

ランチは常にミーティングランチ、銀座でも割とリーズナブルな店が御用達

たいてい、お昼は営業部長や総務部長、あるいはうちのマネージャーを連れて近所の行きつけのお店に行く事が多かったです。富豪なので高い店にいくのかと思いきや、結構銀座でも比較的値段が安価で、しかし味に定評のある和食店を好んで利用されていたように思います。

午後は来客でひっきりなしだが、結構休んでいる時も多い

ランチが終わるとエレベータで8Fまで戻ってきて、それから社長に決裁を貰う役員や外部からの来訪者、打ち合わせなどが続いて90歳過ぎの経営者としては結構な業務量をこなしている感じでした。でもたまに僕が用事があって社長室を覗いてみると居眠りなんかしている時もあったので、上手に体力を温存しながら仕事をこなしているのだな、と感心していました。

夜は7時くらいに退社、まっすぐ帰宅

僕は常に5時の定時上がりだったので知りませんでしたが、結構遅くまで社長は残っていることが多くて、でも自分が残っているくせに残業している社員に対しては「あなたはどうして残っているんですか?仕事のやり方があまり上手じゃないからですか」なんて言ったりして、なるべく社員を早く帰らせたいと思っていたようです。そして大体皆帰った頃、夜7時くらいには会社を出てそのまままっすぐ白金の自宅に帰っていたと聞いています。

“That’s a good job”

この話は書き辛いのですが、これを書かないとオーナーのシュリーマンぶりが分からないのであえてこのエピソードを書こうと思います。

入社して半年もすると、僕はすでに社内である程度の評価を得るようになってきて、期待の新人的ポジションを占めるようになってきました。社長からのフィードバックもすこぶる良いということで、人事課長が嬉しそうに僕に伝えてきたのが印象的です。

さてそんなある日、僕はオーナーに突然呼ばれます。

オーナー
オーナー

Zenさん、今仕事は忙しいですか。ちょっとこの書類を英語に訳してほしいんですが、やってもらえますかね?

社長から直々のリクエストとあっては、二つ返事で特急で仕上げなければなりません。僕はオーナーから書類を受け取って、社長室を出ました。そしてその書類をふと見やると…。

その書類は、オーナーの納税証明書だったのです。
(えっ、なんでこんなプライベートな書類を俺に??)
と思ったのですが、それよりも何よりも1年間の所得額を見ると、なんと通常よりゼロの数が1ケタ分多い。そして、仮にそのゼロを1ケタ取ってみたところで、当時の僕の年収はもちろん、通常のサラリーマンではまずもらえない金額であるという、驚愕の事実。
(げっ、うちの社長ってこんなに貰ってたのか)
なんかまずいものを見てしまった気がします。とにかくこんな書類は早く手離れしてしまいたいので、特急で英語に翻訳して社長室に戻ります。

オーナー
オーナー

おお、大分早く処理してくれたようでありがとう。

と、オーナーはニコニコしながら僕の成果品を受け取ってくれました。正直、僕は彼の年収について少し話をしたいと思ったのですが、まだ入社したばかりだし、彼のプライバシーに関るデータでもあるし、そしてなんとなく何かを試されている気がしたので、それ以上は何も追求せずに僕は自分の席に戻りました。

しかし仕事に戻っても、さっき見た年収額が頭からなかなか離れません。
(いやー、ただ会社に来てのんびり過ごしている老経営者だとばかり思っていたけど、あの年収額はちょっと異常な額だぞ…)
そう思いながら、僕の頭にはかつて見たある映像が浮かんできたのです。

エルヴィスが唄い踊る姿をテレビで見ながら、その日ジョンレノンは思った

それは1995年に公開された、ビートルズのアンソロジーという特別番組での一コマ。初期のビートルズがどれだけエルヴィス・プレスリーから影響を受けていたか、ジョン・レノンがこう語ります。

…you went to see these movies with Elvis or somebody in it when we were still in Liverpool. And they’d all scream when he came on the screen, right. So we thought, “That’s a good job.” (laughter)

THAT'S A GOOD JOB
John Lennon's 1st musical motivation

That’s a good job. (あれはいい仕事だ)

エルヴィスを見て閃いたレノンのように、僕はオーナーの納税証明書を見て「That’s a good job」と独りごちたのでした。

そうだ、シュリーマンになろう。
僕の中で燻っていた古い火種が、少し動き出したようでもありました。

(続く)

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