解離性同一性障害の治療 ~ある精神療法の記録その5~

counselling心療

第5回 ママのこと好き?

□はカウンセラー、■は僕の発言


□ジョンの言い分を訊こうということだったね

■そうですね。で先日、先生からお話があった「私も家内もジョンの出現を怖がっている」という話を家内にしましたら「怖がってはいない」と言っていました

□そうなんだね

■むしろ出てきてもらって構わない、と

□ああそうですか

■家内に言わせると、私は怖がっているのかも知れないけど、あちらさんは怖がってないそうで。で前回から二週間ですけども、ジョンの持つ怒りについて色々考えたり読んだりしまして、前よりちょっとジョンを感じるような気が少しずつしますね。

□考えていることを少し話して下さい

■例えば、恥から来る怒りみたいなものを僕は持つことがあって、今の状況もそうですし、世間体でもないですけど、恥ずかしいと思ったときに怒りに転じることがあるんですね。それが自分の中で結構大きな怒りにつながることがあって、でこの怒りはジョンなのかなと思ったのですけど。そういう昔のことについて怒りを思い出してみたりとかしまして、怒ったことについて考えることが多かったですけれども。ナルシスティックなところがパッと怒りに変わってしまうというところがあるんですけども。読んだ本にもそんな話があったりして。

□プライドが傷つくと、ということですね。他には何かありましたか?

■怒りにからんで言うと、やはり父親との関係だとという話はこれまでしてきていると思うんですが、「父ちゃんこうしてくれれば良かったよな」というところで色々と怒りが出てくるというか、大学受験でもほっといてくれれば良かったのに訳の分からない手ばかり出して、邪魔だったなと。東大受験なんて乗せられたりして、変なトラウマじゃなくていやな思い出をそういった怒りをもっているんだなと思いました。乗せられた自分が恥ずかしくてそれが自分に対する怒りに代わるということがあったので、そういった怒りを長年持っているんだなというのを自分で認識しました。ジョンに言わせるとそういうことがあるのかなと思いました。

□乗せられて東大受験したの?

■乗せられてじゃないですが、前もお話したように順位が悪くなかったので、いけちゃうんじゃないかみたいなところで、周りの人も当然その感じでって感じだったので。それは僕の中では嫌な感じで3年間過ごしたイメージがあるんですけど。周りの人から見ればそうでもないじゃないとか。

□高校時代のこと?

■端から見ると楽しそうに見えたらしいですけど、学校にギター持って行って歌ったりとか。

□どうもジョンはそうとう古くからいるはずなので、大体子ども時代に怒りをもっちゃまずいような状況の中で作られるんだと思うんですけど、もっと小さいときあなたがいい子にしなければいけなかったのはどういうことでした?

■父親が、僕が小さいころは癇癪があると思うんですけど、押さえつける親だったんですね。おとなしくしていると、飴と鞭ではないですけど問題はないんですが、子どもが騒ぐと押さえつけるんですよ。

□おとなしいとお父さんは優しい?

■そうですね。逆に騒いだりすると機嫌が悪くなる、と。オレの前では機嫌を良くしていろと、そうはっきりとは言わないですけどそういう感じですかね。でうちの母親もそれを受け止めてくれる感じではないので、僕はぶつける場所がないので、やはりその辺から始まっているだろうと思うんですけど。その辺から始まっている感じですね。本当に小さい頃からですね。

3歳までの母子関係がクリティカル

□お母さんの前ではやんちゃでいれたんですか?あなたは。

■やんちゃでは…父親の前ではやんちゃでしたね。

□むしろそうでしょう?そうするとお父さんの前の方が出しやすかったということだったんじゃないですか?お母さんの前ではやんちゃでいられたんですか?

■そうですね…。

□大体ね、こういう問題のほとんどは母子関係なんですよ。なぜかっていうとね、父親が登場してくるのは大体学童期になってからなんだね、本格的に関係してくるのは。それまでの人間関係の基本形にはほとんど父親が関与していないので、普通の家は。そうすると母子関係が中心になるんですよね。だからあなたにとってお母さんがどういう人だったというのは結構大事なポイントだと思うんですよ。で何らかの虐待がないとこういう解離って起こらないですから、ネグレクトも虐待ですし、常にお母さんが要求をつきつけていたとか、そういう何でもそういうことがあれば、それはあなたにとって大きい問題だったろうと思うんです。あなたにとってお母さんはどういう人だったんですか?

■うーん、優しい…

□優しい人だったの?

■ご飯とか食べさせてくれたり、身の回りの世話はしてくれますけど、優しいかというとどうなんだろう。

□大好きだったの?

■子どものころはそう…です…どうなんだろう。今でもはっきり覚えているのは乳離れをするときにワサビをつけて乳離れをさせられたんです。その時に自分の中で激怒したことは覚えてます。やり方が結構雑だったので。虫歯とかも、やり方分からないのに自分で勝手に抜いちゃうとか。結構痛いんですけど。

□お母さんが?抜いちゃうの?(失笑)

■はい、歯医者に行かないで「グラグラしているから抜いてあげようか」という風に自分でやっちゃうんで、失敗するし痛いしで。そういうことをたくさん覚えているんですけど。で核家族なので他に頼る人がいないので、祖父母がいないので、母親以外に頼るところがいないところがあるので、ですから僕の中で好きか嫌いかと言われると

□甘えられたんですか逆に?

■条件付きで甘えられましたけど、逆に下の妹弟の面倒を見ればという風に。でも無条件に自分がどんな状況でもって感じではないんで、それをしつけだと思っている節もあったので。

□弟さんと妹さんの面倒を見るとあなたは甘えることができたの?本当に甘えられたんですか?それ結構矛盾しているよね。だってお兄ちゃんが妹さんや弟さんのママになるようなものじゃない。そうするとお母さんはあなたに何を期待するかというと長男としてしっかりすることを期待するわけで、そういうあなたがどうしてお母さんに甘えるということが出来るの?

■そうですね、他の二人より甘えていないですね。

□甘えたっていう感覚があります?

■いや…ないですね。

□甘えたって感覚がない。

■いや、どうなんでしょう物理的には。

□暴力的な虐待は受けなかったの?

■母親にも結構叩かれました。

□お父さんとお母さんどっちが多かったの?

■んー同じくらいですかねぇ

□嘘、そうなの?

■でも父親は本当にしゃれにならないレベルなので、回数ですと結構母親から頭を叩かれて。軽くではないですね。うちの父親は「母ちゃんは強く叩くから駄目だ」とか言っていて。

□じゃあお父さんの方がそういう意味では優しいじゃない。

両親のこと

■いやあでも父親の方がしゃれにならないことをやるんで、食事中に茶碗を投げつけるとか。そういう星飛雄馬の父親的なことをやったりするんで。

□それは何、茶碗を投げつけるのは誰に向けてやったりするの?

■それは母親みたいですね。あ、いや父親が何を考えているのかは分からないのですけど。僕らはもう意味が分からなくて固まっているだけなんで。

□固まっているというのはあなたに向けてやられたわけじゃないんだね。

■私ではないです。母親に向けてじゃないかと思うんですけど。

□なんでそうお父さんはお母さんに対して怒りが出るんですか?今思うと。

■母親に怒っているのか、会社でむしゃくしゃしているのか分からないですけど。

□あなたね、少し考えてみて。会社でむしゃくしゃしているときに物を投げたりすることが自分に起きると思いますか?

■いや、自分はやらないですね。

□普通やらないじゃない。相手に対する怒りがないとやんないでしょう。物を投げたりするのもそういうときでしょう?一人で物をなげてんじゃないでしょう。相手がいるんでしょう。何が気に入らないんでしょうお父さん?お母さんの。

■分からないですねぇ。頻繁にそれが起きるんで。

□今思うと何だったんだと思います?何が気に入らなかったんでしょうお父さん。あのね、今まで生きてきてあなたの中には、父親が暴力的で悪、常に暴力的な悪で自分にも圧迫を加えてきたのがお父さんで、お母さんも被害者だと思ってるんだ。本当かなそれ?(笑)

■いや、そこはそうでもないとは思っていたんで。必ずしも母親が善だとは思ってないんで。

□多分お父さんが腹立つには理由があったんじゃないの?お母さんに対する怒りが出るのは。食卓の場面が多かったの?でしょう。するとあなたが喋ったり、本当はお父さんが期待したことをやっていないとか、不貞腐れるとか。お父さんはそれ我侭なのかもしれないですけど、どうですかねぇ。お母さんは何かフィットしない人なんじゃないのひょっとすると。お父さんにフィットしない人だとすると、あなた方にもフィットした人なの?

■いや、母親ですから、昔の僕は母親を守らなきゃとかって勝手に思ってたんですけど、でも大人になってから考えると母親も普通の人じゃないよなと思うようにはなってたんで。

□どういうところが普通じゃないと思います?

■いやえーっと、例えば6年間入院している話をして、解離しているかもねって先生におっしゃっていただきましたけど、家事とか全然出来ないんですよね、家の中も汚なかったりとか、普通なら出来るであろう整理整頓とかできていないんで、大きくなってから考えると、これは大きな子どもだなと。

□6年間入院したのはどういう症状だったの?

■不安障害って。

□不安障害で6年間も入院というのはとても考えられないんだけども、そういう風に説明されてたの?

■そういう風に病院の方は言っているということで。

□どういう症状だか覚えてます?

■父親の前で自分で首を絞めようとしたとかしたらしいんですけど、なんか一人じゃ家に置いておけないレベルらしくて。

□自殺しようとしたの?父親の前で首を絞めたの?

■脅しなのかなんなのか分からないですけど。そう父親は言っていましたけど。

□自分で自分の首を絞める。

■昔からちょっとおかしな人なんで、不思議な癖とか、家を出てからカギが締まっているか妙に気になったり。

□それは確認恐怖だ。

■あとはサイドギヤ引きっぱなしで車を運転しちゃって、1時間くらい経ってから煙が出てきて、ものすごく落ち込んじゃって僕らから見ても「大丈夫この人?」みたいなすごい落ち込み方をしちゃう。だから不安障害と言われるとそういうものかなと。父親と電話した時に言ってたのは、母親が「子どもが子育てしちゃったんだ」的なことを父親に言ったらしいんですけど。

□それはお母さん自身が言ったの?

■そうらしいです。この前父親から電話でそれを聞いてなるほどと思ったんですけど。

□大体さ、自分の首を自分で絞めても死ねませんよ。首吊ることなら出来るけども、自分の首を絞めるくらいでは死ませんよ。

■いやだから分かりませんけど、何かのアピールなのかと。

□情緒不安定なんじゃないのお母さんは?

■そうですね昔から情緒不安定ですね。

架空の物語を生きる

□あなたのお話からするとそういうのが出てこなかったのはなぜなんでしょう。物語があったんだよあなたは。お母さんは被害者で、私はお母さんを守る。誰からというと父親の暴力だよっていうあなた物語が出来てる。多分それ嘘だよね。間違っている。本当のお母さんの実像は何かって言ったら、多分あまり気が付かない人。発達障害みたいな傾向があったんで、固執傾向が高くて自分のやり方が変えられなくて、衝動性が高くて、自分の感情的なコントロールが上手くできない。でご主人からちゃんとやれとかなんとか言われると段々とパニックになっていくと。で臨機応変があまり得意じゃなくて、とにかく自分の考え方が硬直していて、そのため確認も強くなっていくわけですよ。固執性のせいだと思うんです。そういう方はものすごく衝動性が高いはずですので、もっと怖いはずなんです。もう一つはお母さんに気持ちを分かってもらおうと一所懸命したと思うけれども、それが通じなかった可能性ね。で通じないと多分自分の方が悪いからだとか愛されないからだとかいう世界にあなたが入っていくわけ。自分がダメだからそうなる、と。でお母さんは多分お父さんの苦情をあなたにずっと言っていた可能性があるよ。それがあなたの物語形成、病気の原因もそこから始まっている。吹き込んだんだよあなたに、お父さんの悪口をずっと吹き込まれてきたんだ。

■言われてますね、父親に似て目つきが悪いとか。

□だからお父さんは常にお母さんによって悪者にされてそれをずっと吹き込まれていたんだと思う。それから怒りがいつもお父さんに向けられるようにして、自分の、お母さん自身に向かないようにしていたんだと思う。

■マニピュレーション、操作をするわけですね。

□そういうこと。もちろんお母さんは計算してそういうことをしているわけじゃなくて、子どもを自分の味方にしたくてしょうがなかったんだと思う。そういうことじゃないかと僕は思う。だからジョンは、本当はお父さんに怒っているんじゃないと思うんだよね。お父さんに対する怒りじゃないと思うんだよね。

■ああー。

□父親はね、単に嫌いってだけで済んじゃうんだ。なぜなら遠いから。遠い人ってのは、ある意味では嫌いで済んじゃうんであって、恐怖とかそういう対象じゃないんです。愛されるってのは最初から父親にそんな期待してないんだ。父親ってのは母親の代理は出来ませんよ。これはもちろん、母親がいなくて父親が一人で育てたらお父さんが一番重要っていうんです。それは父親が母親の役割を果たしているからです。

でもね、育児っていうのはやっぱりお母さんがそばにいておしめを取り換えて抱っこしておっぱいを飲ませてくれて、そういう関係はお父さんはそれをやってくれないんだよ。だからお母さんっていうのは子供にとってものすごく大事で、あなたの解離が起こった現象は3歳までに出来ているはずなんで、お父さん登場していないんだよ。だから僕はお父さんの話をしていた時に、「これは作られた話だな」と思った。誰が作ったのといえば、お母さんが作ったに決まっている。

■でも今の話良く分かりますね。きっと3歳より前ですね。

□ですから僕はお母さんのそういう育児する能力ってあんまり高くなかったと思うのね。で発達障害傾向があった人だと思うんですよ。だからまあお父さんから見るとそういうもんだと思ってないから、さぼっているように見えるわけ。主婦としての役割をさぼっているから怒りが出てくる。で何度も言うけど、聞かないんですよ。聞かないから怒りが出てきて喧嘩になる。それを見ていてお父さんは凶暴だという印象になるし、お母さんもそれを補強する。お母さんは常にあなたたちを味方にしようとするし、お母さまは母親としての能力が足りない人だとすると、あなたを養育者の一人に仕立て上げようとするんですよ。弟さんや妹さんを見るあなたでないと受け入れなくなるし、もしくはあなたが甘えたりすると負荷が増えてくるからどうしていいかわからなくて怒りが出て来ちゃうお母さんに。するとあなたはいい子であり続けないと愛されないということになる。自分がそのままの自分で甘えたかったりするときっと愛されないという気持ちがあるんで、すると自分はお母さんからすごいと思われる自分でないと自分を保てなくなっちゃうからプライドが高くなる。人から自分がすごいねと思われている自分でないとダメだから、失敗する自分が怖くなる。そういうことだと思うんだ。だから何度も、あなたにお母さまは甘えられた存在ですかって聞いたんですよ。僕はそれなかったと思うんですけどね。

■学校でもいつも「すぐ答えに飛びつく」って言われたんですよね。ゆっくり考えることができないと。考えてみれば母親がそういう傾向があって、すぐ結論に飛びつくとか、色々試していいよっていうところがなかったんでしょうね。

□多分ね、軽い発達障害じゃないかと思う。外から見れば分かりやすい。どこがって言えば多分固執傾向だとか、臨機応変が出来ないところとか、人の気持ちが分かりにくいとか、自分のやり方にこだわるとか変化に対する抵抗が強いとか。多分そういう人なのかなあと聞いていてそう思いましたけどね。だから変化に対する反応が出来ないとか、思いがけないことが起こるとパニックになるんです。それでパニック障害と誤診されたんだと思う。純粋なパニック障害は治りやすいものですよ。まあ私が一番最初に見たケースがパニック障害ですが、こんなに簡単に治るものかとビックリ仰天したぐらい。それはその後50年間やっていてももっとも治りやすいのがパニック障害ですね。入院治療したケースはゼロですよ。僕も随分たくさん診ているけど。薬を出して少しヒントを与える。それだけで十分だ。だからパニック障害の治療は経験6か月の精神科医でも治せるって僕は言うんだ。一番ビギナーで治せる障害なんだ。そんな6年間も入院するはずないじゃん。だからおかしいなというのが僕の見方。だから違うんだ、発達障害だから何度も繰り返すんだ。環境の変化とかああいうものに抵抗が強い、で自分のやり方を変えるように強制されると怒りが出たり落ち込んだりする。そういうお母さんというのは多分子どもの気持ちを分かってくれないんで、子どもの方では分かってくれないのが自分が悪いからだと考えるようになる。で怒りをぶつけると倍返しされるから怒りをぶつけられないわけだ。それがジョンだよ。

■なるほどー。

真犯人は見えない場所にいる

□今の話ジョンさんも多分聞いてる。お父さんじゃないと思います。お父さんはそんなに重要な役割を担っていない。お父さんに問題があることをあなたは良く分かっているじゃない?逆に言えば。だから大丈夫なんだ。消化できる。そういう人は外傷体験にならない。僕はよくセラピストに教育する時に、まずお父さんのことを言う人が多いんだけども、最初に言った人は犯人ではありませんよって言う(笑)。なんでかって対象化できる人は犯人であるはずがない。見えない人が犯人だ。あなたの場合もそうだと思うよ(笑)だからジョンさんを呼び出す前にそのことを確かめたかった。だから想定外のことが起きるとパニックになりやすいんですよ。お母さんそういう傾向なかったの?

■パニッカーですね。

□薬が効かないんですよそういう人は。従来のパニック障害のものは。僕は全然別な薬を使って治してる。それを当時の先生は知らなかったと思う。でこういう大人の発達障害というコンセプトは精神医学の世界でも長いこと無かったから。発達障害の関係で一見パニック障害に見えるかもしれないけどパニックじゃなくて、本当は固執性の問題なんだ。自分のやり方を続けている間は大丈夫だけども、それを否定されたり違うやり方を強制されたりすると混乱したりパニックになったり落ち込んだりするわけだ。こだわりの一つは叱られないように確認に出る。強迫性障害でも同じようなことがあって、SSRIを使ったりするけど治らないわけ。全然良くならないところか悪化するわけ。診断が間違えていたんだよ。6年間も入院していたのはそのせいだよ。お母さんは悪意はないけれども育児には最も不適格な人だったんだ。でも子どもにとってはお母さんが不適格だなんて普通は考えないんで、お母さんが正しくて自分たちが間違っているとこういう感じになる。でお母さんを困らせている自分が悪いと思っちゃうから。で僕はダメな人間だから愛されないから頑張るしかないと。すごい自分でないと自分のことがだんだん許せなくなってくる。すごい自分を作るために会社設立なんて言ってあなたそれがうまくいかないと傷ついちゃう。だから「凄い自分であり続ける」ということがもう一つのあなたのテーマになってくるということで、自分が自分以上でないといけない。だから東大を目指せって言われたときに、目標が与えられたときにそれに失敗したら自分がダメってなっちゃう。僕らから言わせれば早稲田の政経なんていうのは超一流大学だからすごいねって思うんですけれども、あなたに言わせれば東大っていう目標が与えられてそこに入れなかっただけで傷ついちゃうんですよ。えらく。でそれを薦めた人間が頭にくるわけ。そんなことを言わなければ俺も傷つかなくて済んだっていうことだと思うんですけどね。

でももともとのものとしては、あなたの中には「凄くない自分は最低の自分」っていうのがどこかあったと思う。これは辛い。いつも自分が優れていなければ自分を納得させられないから、ある種のやっぱり努力家ではあるんですよ。でもうまくいかなくなるとAll or nothingの傾向があるから、何もやらないで放り投げちゃうっていうか、そうでしょう?そういう人っていうのは、自分は無条件に愛されていないから、この世に存在するためには皆がすごいねって言ってくれる自分がないと存在する価値がないんだと。これがあなたの苦しみです。でも一種の物語ですから誰もそんなの期待していないわけですけど、あなたはそういう世界の中でずっと物語の中で当たり前のように生きているから。辛かったと思いますよ。

■おっしゃる通り今だにありますもの。心のどこかで両親に認めてほしいっていうのがありますもの。

□承認欲求がありますよね。成果を上げるっていうのがものすごく重要になってくると結果主義になっちゃうんですよ。だから結果を出さないとダメなんだ。これは子供のうちからあったんだ。プロセスよりも結果。なぜかっていうと結果を出さないと誰かさんが怒るんですよ。

■うん、そうです。本当そうです。母親の方は学校の成績主義でしたね。そうすると怒る対象の取り違え?

□取り違えなんです。だから距離を取った方がいいの、お父さんとお母さんから。自分の心の中で気持ちが収まるまでは、会うと碌なことが起きない。怒りが出ちゃったりしてまずいことが起きると思います。お父さんやお母さんにしても完璧じゃないっていうのが一つね。でもう一つはお父さんのことは良く知らないけれども、ひょっとしたら似た者同士っていうことが多いんですよ(笑)似た者同士なんで、衝突が絶えなかったんだと…。

■こだわりとこだわりが衝突するという(笑)

□そういうことだと僕は思うんですけどね、でもそれは僕の解釈であって見たわけじゃないから、違っている可能性もあるんですけどね。

■いやでも、考えてみれば中学校で兄弟全員成績がいいってことは普通ないはずなんで、そこは結果主義だったんでしょうね。

「僕が悪かったわけじゃない」

□謎が解けてきたでしょう。謎が解けることの意味っていうのはね、「僕が悪かったわけじゃない」ということを少しずつ分かってほしいんだ。「親がちょっと不適格だったんだ」って考えていくことは大事なんだ。

■先生がおっしゃった「正当な」ってキーワードが心に響いていて、あまり自分の怒りを正当と考えることはなかったんで、今おっしゃっていただいて腑に落ちる感覚があるんですけど。いつも怒りを持つことは不当だと感じさせられたと思うんですよ。逆になんかジョンは喜んでいると思います。

□怒りを持つことは不当だと。でもそれは、あなたは不当な怒りをぶつけられていたんですよ。それは矛盾でしょうに。それは頭に来ますよね。だから今日はね、ジョンをむしろ呼び出さないで、あなたがこの話を反芻して自分の中でとらえなおした方がいいかも知れませんね。ジョンさんも今日冒頭で話した内容に納得してなかったと思うんですよ。でも今話した内容は、ジョンさんも分かっているんじゃないかなと思うんですよ。子どもっていうのはとにかく母親に包まれたいんですよ。良き入れ物であってほしい。自分がスポッと中に入れて、分かってもらえて、安心できるということを無条件で提供してほしい。子犬の姿を見ると分かるでしょう?子どもってそういう存在で、人間も同じです。猿でも、子ザルを抱っこするでしょう。父親は抱っこしない、守るだけ。それは理屈じゃないんだね。動物としての生命活動だから。

「子どもは当然のように母親から愛されることを期待している
 それはあたかもこの世に水とか空気や地面があることと同じ
 その中で子どもたちは共感されること承認されること
 受け入れられることを当然のように要求する
 これが途絶えると水がなくなったり空気がなくなったりするのと同じことが起きる
 これを欠損という」

マイケル・バリントンの言葉ですけどね。僕はその通りだと思う。

大人の世界になるとそうじゃなくてね、何かをもらうためには条件が付くわけですよ。いい関係を作って初めてものがもらえる。それが大人の世界。子どもの世界は無条件になるわけですよ。いい子であろうと悪い子であろうと愛される存在としてある、当たり前だ。子どもがおっぱいを飲むのにすみませんがとか言うわけがない。

あなたたちもね、ちゃんとそれは養育されているんですよ。でも一部足りなかった。それが欠けていれば育ちませんからね。お母さんも悪意じゃない。出来ないこととやれないことを区別すればよかった。自分のウィークポイントすら分からなかったんでしょうね。だから責められない部分もあるけどね。悪意じゃないから。

あなたのお父さんにしても、自分がやってほしいことを全然やってくれないという点で、大体こういう発達障害持っている人って食事作り下手ですから。びっくりするぐらい。でいくら言っても分からないから怒りが出てきちゃう。お父さんは自分の要求したものが手に入らないと怒りが出るという、ちょっと似た者同士の傾向があったのかも知れないね。だからどっちも悪人じゃないのに事件が起こるんですよ。本当の意味で犯人がいない犯罪が起きているんですよ。そういうことだと思いますね。

だから大事なことは、「僕は悪かったわけじゃないんだよね」っていうことが分かること、これが大事ですね。どうして自分がそういう色んな観念や価値観を持つようになったかというと、多分子ども時代に敷かれたレールに関係があると思うんですね。もうそのレール通りに走らなくていいわけですよ。あなたはもうレールから下車して、自分の好きな道を歩いていいんだってポジションにいるんだということですね。

■でも無意識の自分は色々外そうとしているんですよ。それがジョンなんですかね。

□そうかもしれないね。今日もだいぶ進んだ感じがしますね。

(了)

第5回の感想

個人的にこの回は結構「痛い」回でした。物語を生きてきたというカウンセラーの指摘は全くもってその通りだと思います。僕はこの回の後、しばらく精神的な不調を経験することになります。

 

 

 

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